寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

今生きている世界がまるで自分が死んだ後の世界であるかのように感じる  


ダイビングをして、綺麗だと思ったり、感動したり、魚に興味が湧いたり、そういうことは一切ない。そういう意味では、ダイビングでは何も感じない。



そういう感情は、子供の頃に草むらでバッタを見つけた瞬間に到底かなうものではない。もしもそのような純粋さや生の極の感情が人生の全てであるとしたら、僕はもう生きている意味がない。

ソローは、少なくとも著作上は、そのような意味での「純粋さ」を主張し続けている点において自分とは全く異なる。彼は節制し、肉体的欲求をコントロールすることで、エネルギーを「子供のような科学の心」や「高尚な精神」に転化させるのだという。

僕が自分の人生やライフスタイル・行動に求めているのは、そういう純粋さ、活力、向上心、探究心ではない。自分が生きてゆくためのヒントは生の極にはない。




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category: スキューバダイビング
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何も感じない  


スキューバ。
行く前からわかっていたことだが、何も感じなかった。



この世で最高の快楽とは何だろうかと考えると、それは全的体験であるように思う。子供の頃はその連続であったような、魂が全て持っていかれるような、単純な肉体的・精神的満足では辿り着けない体験。今、ここ、私、世界を描き出す唯一の視点・パースペクティヴと一体化する快楽。

年齢と共にパースペクティヴは相対化されてゆく。長い歴史の中の今、広い宇宙の中のここ、たくさんの人がいる中の私、たくさんのパースペクティヴの中のひとつ。One of them. 全ては俯瞰され、色を失ってゆく。その極限にあるのが死の観念である。「出会い」や「感動」は死の極には属さない。

どちらが正しいとも、どちらが望ましいとも思わない。自分はこの10年間くらい、「何も感じない」ということを感じ続け、確かめ続けてきた。そのリストの一つにスキューバダイビングが加わっただけの話。




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