寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

「資本主義との闘い方」より  


たまにツイッター等を拝見させてもらっているばたおさん(@BATAO_Hetare)の「資本主義との闘い方――自給自足と農的コミューンの建設」(『あじーる!』第3号、参照1参照2)という小論を(掲載誌を買いには行けなかったので個人的にお願いして)読ませてもらった。

ちなみにばたおさんのことは全く知らない。生き仏かもしれないし、極悪人かもしれない。ただ、「元エホバの証人」という経歴がとても気になる。その気になり方は「脱北者」に対する興味と似ているかもしれない。つまり「元・被洗脳者(良いものであれ悪いものであれ)かつ現・自立的思考者」に対する興味である。


以下、ダイジェスト。

第一章は「資本主義の何が悪いのか」

「商品」というものは、生産や流通過程の問題には口をつぐみ、消費者は記号と化した「モノ」が形成する「見世物的社会」―シミュラークル社会―に埋没する。その抹消された過程にこそ矛盾や問題が存在するにもかかわらず、それは外部に皺寄せされ「不可視化」される。

資本主義社会における豊かさとは、他者から奪ってくることで実現されるものだからだ。そしてそのために、矛盾をより周辺に――国内の富裕層が底辺層に、先進国が途上国に、現役世代が将来世代に――送り出し、問題を空間的にも時間的にも不可視化させるのが資本主義というシステムなのである。

第二章は「資本主義とどう闘うのか」

市場と商品への依存は、商品に頼らない生き方や楽しみ方を忘れさせ、私たちを資本主義を守らざるを得ない状況へと追い込み、結果、資本主義は再生産される。したがって、闘い方は「賃労働をやめて、自身の仕事を」に集約される。広い意味での「自給自足」であるが、著者は(たとえばガンジーのように)原理主義的にならずに、今ある便利なものは使ってゆこうというスタンスである。

第三章は「農的コミューンの建設に向けて」

未来的な理想として、自給的な農業を社会の根幹に据えた「農本主義的アナキズム」が先例の紹介と共に主張され、その礎となる自給自足に向けての著者自身の実践の第一歩について触れられている。


***

個人的な感想であるが、「資本主義が悪い」ことと「資本主義と闘う」こととは簡単には繋がらないのであって、結局どうして「闘う」のかよくわからなかった。

僕個人としては、与えられたルールの中で如何にうまく立ち回ってゆくか考えるだけである。どう生きるにしても、資本主義(というかそれによって局所的にもたらされている富)は倒すのではなく、うまく利用したほうがいいと思っている。

いずれにしても、「不服従」と一口に言っても、社会全体の流れに反するようなことを実際やるとなると、理不尽なこと、うまくいかないこと、面倒くさいこと、効率悪いことが重なって、ダークサイドに陥ることがある。ぼちぼちやっていこう。




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category: 社会・経済
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パワースポット  


こちらが僕のテントサイトから拝める神殿です。

taj6.jpg

間違えました、こちらの神殿でした。感じるパワーが似ているので、よく間違えます。

P1050545.jpg

霊験あらたかな、ありがたいパワーを感じます。




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