寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

新著の見本が届きました  


新著『僕はなぜ小屋で暮らすようになったか 生と死と哲学を巡って』の見本が届きました。

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僕は東京に出てからの約十五年間、「必然性」よりも「偶然性」へ、「生」よりも「死の観念」へ、「物語」よりも「非物語的なるもの」へ、「絆」よりも「孤独」へ、ずっと引き寄せられてきました。そしてある日、アパートを出て路上で暮らし始めました。まっさらになって、無所有になって、生活ごと「偶然性」や「死の観念」に近づきたいと思いました。けれども、路上生活は自分には無理だと思いました。

その後は、路上生活以上、賃貸住宅未満、つまり、ホームレス以上、一般市民未満というところで、右往左往してきました。偶然性を内包しつつ、なおかつ生きてゆく道を探ってきました。モバイルハウス、ゲストハウス、旅行生活、お寺滞在、住み込み生活、テント生活などといろいろやった中で、やはり最も大きな力を割いたのは「小屋暮らし」だったと思います。

今は一時的に東京でお金を払って日払いのゲストハウスのような場所に滞在していますが、長くこの本の原稿と向き合って幾度も記憶や思考を反芻してきたため、精神的にとても不安定な日々を過ごしています。「偶然性」というものを直視しすぎると、自分の存在が依って立つところのものが明瞭でなくなります。これは思弁的には何でもない普通のことですが、自分自身の存在の感覚としてはとてもこわいことです。偶然性に押しつぶされそうになります。

そのせいで、せっかくできあがったこの本に、脱稿と校正以来、僕はまだ自分で目を通すことができないでいます。

何をするにしても、どんなことを考えるにしても、まずは生きなければならない。生きて、心身ともに健康でなければならない。それを痛感しています。

繰り返しになりますが、新著は、目次からも分かる通り、

第1章 無縁、無常、何もない家 ――河川敷のテント暮らし
第2章 死の観念、人生、私的体験 ――少年時代 一
第3章 愛、信頼、自由 ――少年時代 二
第4章 不純さ、ホンモノ病、羞恥心 ――高校時代
第5章 喪失、哲学、真理 ――大学時代
第6章 人格の二重性、過去との断絶、憎悪 ――大学院時代
第7章 自分自身であること ――路上生活
第8章 孤独、私的生きにくさ、自我 ――雑木林の小屋暮らし
エピローグ 再び河川敷より

最初の一文から最後の一文まで、自分語りです。それをご理解いただいた上で、よかったら読んでみてください。




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新著が出ます『僕はなぜ小屋で暮らすようになったか 生と死と哲学を巡って』  


12月1日に新著が出ます。

タイトルの通り、僕が幼い頃から雑木林に小屋を建てるに至るまでに考えてきたことを、生き死にに対する思いや哲学を軸として書きました。今回は、一般論としてのライフスタイルの話などは抜きにして、徹頭徹尾、一人称で自分語りをさせてもらいました。

いろいろ書きましたが、根幹になっているのは、生というものに対する不思議さや儚さといった昔からの思いです。儚い、というのは、時間的な意味だけではなくて、この世界に意識が存在するということが何の根拠もない、奇跡的な、脆く繊細なものに感じるというような意味です。そういう感覚を抱くのは、自分の中に「生きる」という人格と、それを外側から見て偶然的だと感じてしまう人格との、二重性が存在するからです。

そういう諸々の思いが小屋という物理的な存在物に結実するまでの過程を書きました。

他にも、自分の自我について、真理や言葉との関わりについて、あるいはもっと卑近なことや人間臭いこともたくさん書いたのですが、よかったら読んでみてください。




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