寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

『イントゥ・ザ・ワイルド』  


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イントゥ・ザ・ワイルド [DVD]

一流大学を出て前途有望のクリスは、金も社会保障も全部投げ捨てて放浪の旅に出て、その果て、アラスカの雪原で一人暮らす。己の感ずるところに従って本気で生きた記録であり、その正誤はどうあれ、それだけで十分美しいロードムービーである。

自由気ままな旅は気分を高揚させる
どこか逃避を思わせるからだ
過去、抑圧、法律、面倒な義務からの―

良いところは語り尽くされていると思うので、気になった点を一つ二つ書きたい。

主人公クリスがあまりに純粋な、意志の強い人間として描かれており、必ずやあったであろう彼自身の人格の内部における葛藤が全く見えてこない。自分自身に対して甘えや怠惰、卑小さを覚えない者が、アラスカの果てまで逃避したりするものだろうか。特に、社会や両親といった「敵」が外部に固定されてしまっており、クリス自身の内部の「敵」には全くスポットライトが当てられない。

さらに、「両親の不和」という「敵らしい敵」を繰り返し強調することで、大衆受けする安易な物語に収縮してしまい、主人公の為した逃避行為の意味が平凡化されてしまっている。「偽りの世界」から逃れて「真実の世界」へ惹かれてゆくとき、その「偽り」の意味が、文字通り「不和にもかかわらずうまくいっているように偽られた子供時代」という些末な意味として了解されてしまう。そうして「この社会で明らかに良くないとされていること」が動機として描かれ、理解しやすい物語へと貶められているように思う。

しかし二時間強の映画においては心理のブレは捨象され純粋化されてしまうのであり、つまり映画という表現手段の限界であって、その種のディテールは結局のところ文章に委ねられなければならないのかもしれない。

最後の場面も同じことを思った。最後は毒性の野草を食用と間違えて食べてしまい野垂れ死にするのだが、その際ノートに

幸せは他人と分かち合ってこそ

と書き遺す。それならば、それに至るまでの心理を知りたいと思うわけである。映画を見る限り、その直前まで意気揚々と生きていたのであり、毒草の誤食という死因も別に孤独と因果関係があるわけではなくたまたま起こったのであり、何の脈絡もなくノートの走り書きを映されても「確かにそうだよね」で終わってしまう。言葉の断片を並べるだけなら映画である必要はない。しかし、そうした「画面映り」の悪い心情変化の機微は、やはり丸められてしまうのだろう。




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Bライフ的ファッション  


山菜シーズン以来、約四か月ぶりの帰宅。長居はしない予定。暦を見たわけではないが、晴れているにもかかわらず月が全く見えないので、新月なのだろう。そのぶん星がきれいである。新月の日に願い事をすると、月が満ちるにしたがって徐々に叶ってゆくらしい。僕から半径五メートルが世界が平和でありますように。

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夜はすでに寒いくらいである。やはりある程度標高がある土地は、冬の寒さが厳しいぶん夏は過ごしやすい。僕は冬のほうが好きだが。

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小屋は物音ひとつしないので、本当に深く眠れる。そして朝起きて二度寝した際にはとても安らかな夢をみる。あまり気持ちの良いことはだいたい毒を伴うものであり、これを長く続けることが良いことかどうか知らないが、少なくとも一日二日のスパンで見れば確かに良いものである。

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小屋の扉に新しくできたドアノブ。開け閉めに若干の痛みを伴う。

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こちらは最先端のBライフ的アクセサリー。作ろうとして作る意図的・人為的なファッションはもはや時代遅れである。これからは偶然的・自然的ファッションの時代。

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4stでトコトコいってるカブは相変わらず気持ちいい。徒歩なんてやってられるか。




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