寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

小屋が好きというより  


僕は小屋が好きというより、手作りのものが好きなんだと思う。

最近お世話になった編集者さんが『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』という本が好きだそうで、僕は知らなかったので初めて読んだのだが、これがどストライクであった。郵便配達夫だったシュヴァルが33年間かけて、周囲に白い目で見られながら石を拾っては積み上げて巨大な建築物を作ったノンフィクションである。

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小屋にしても、小屋から手作りの要素が抜け落ちてしまうと、僕はまるで興味が無い。たくさんの道具や機械も興味が無いし、建築の知識なんてまるで興味が無い。人の小屋を作ることに興味はないし、誰かに小屋を作ってもらうことにも興味が無い。プロやセミプロのような人が作った小屋は、それがどんなに美しくどんなに機能的であっても興味が無い。それよりか、何も知らない素人が妄想に妄想を重ねて素手で捻り出したような、そんなのが好きである。無計画にはじめて、継ぎ接ぎでどんどん体積が増していって、気がついたらこんなになってましたみたいなのが好きである。

いろんな知識、技術、道具を知っている人の作るものは、要は多くの人間の知識の集大成みたいなものが道具や技術を通じてそこに顕現しているわけだが、僕は結局そんな合理的な構造物、つまり正解に興味があるわけではなく、その人個人に興味があるわけで。それを芸術といえば芸術なのかもしれないが、ただやっぱり美術館に飾ってあるような紙や粘土の上で昇華された想像力ではなく、生活というものに直結した想像力が(あるいは逆に想像力のなさが)好きなのだ。

シュヴァルほどではないにせよ、小屋暮らしのブログを書いている人たちの、たとえば千葉のかつやさんの波板で囲まれた雑然とした小屋とか、からあげさんのブルーシートがたなびく居住者が直立できない小屋とか、何でそうなったのか笑えてくるような小屋が、僕は本当に大好きである。

今突然ハウルの動く城(映画そのものは見てない)を思い出したが、なぜだかあれには惹かれなかった。あれは「なんだかわけのわからない集合体」というコンセプトが、つまり製作者の意図が透けて見える気がする。手作りはよくても、「手作り感」を出そうと最初から意図されたものはやっぱり気持ちが悪い。



それでは意図のない、虫の巣とか、動物の巣なんかが好きかというと、それもまた違う。「手作り」と「営巣本能」とは違うもので、僕は小屋作りの動物性みたいなものに惹かれているわけでもない。アリの巣とか確かにおもしろいのだけど、彼らにはヘンな奴がいないので、同じようなものしか作らないから。やっぱり面白いのは、本人は真剣なのにヘンな人間である。




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