寝太郎ブログ

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『ハワードの有機農業』 全ての生物は生まれながらにして健康である  




自然農法について調べていたところ、『自然農法とは何か: ゆらぎとエントロピー』という電子書籍に次のような記述があった。

有機農業の理論については『農業聖典』を超えるテキストはないし、自然農法では『無』以上の本は存在しない。両方とも70年も前の本だ。

『無』はご存知、福岡正信翁の著。そして『農業聖典』のほうは有機農業運動の創始者アルバート・ハワード著ということであった。『農業聖典』はすぐには手に入らなかったので、ハワードのもう一つの主著である『ハワードの有機農業』を借りてきた。冒頭、ロンドンタイムズ紙を引いて書かれているところによれば、

(ハワード)卿は多くの著作を残したが、とくに著名なものはAn Agricultural Testament(『農業聖典』)と、鋭い理論武装の書ともいうべきFarming and Gardening for Health or Disease(『ハワードの有機農業』)である。(上巻p.2)

下巻の冒頭、ハワードは肥培(施肥による栽培)の必要性を述べる文脈で、「自然こそ至上の農民であり、農業は大自然の営みに対する干渉、妨害、中断である」という大前提を語る。曰く、

端的には、肥培の必要性が求められる背景には、自然の循環に基づく肥沃度(地力)の維持機構が妨害されることから生じる。この問題は、人間の利益のために動植物界の生命を操作しようとする人間の行為に原因する諸矛盾のなかでもっとも著しいものであろう。だとすれば、耕耘・播種や刈取りの作業―農業を構成するすべての行為―は、生物界における成長と腐朽の過程で構成される生命現象の緩慢で複雑な仕組みに対する中断であり干渉である。(下巻p.11)

だからこそ肥料が必要なのだ、というのが著者の農業観、とりわけ有機農業観の根幹である。

実施された介入の性格が十分に理解されていて、自然の循環を適切な方法で復活するための処置が講ぜられているとすれば、多くのことが人間によって完成されるであろう。これが農業の技術なのである。・・・農耕の原則は、自然から取り去ったものは取り出したところに返還しなければならないし、奪ったものは復元しなければならない。生命の輪廻はしばしの間もとどめてはならない。(下巻p.12)

ただし、化学肥料の施肥はその原則に沿わない。一時的な増産は「土壌という資本の略奪に依存している(下巻p.13)」「地球の表面を大面積にわたって不毛化し・・・土壌の肥沃度という形で後世に残すべき財産は、全人類を益するために使われるのではなく、不誠実な方法によって現代を豊かにするために用いられてきた。そのような体制は永続しない(下巻p.10)」、そして「略奪行為」「浪費家」「山賊行為」などという言葉によって強く非難されている。「われわれの産業、われわれの商業、そしてわれわれの生活様式が、一般に最初に地表の略奪、つぎに相互の侵略に基礎をおいてきた(下巻p.111)」結果、戦争と文明の破局を招いたとすら言う。

そこで腐植の供給、つまり有機肥料の施肥なのだが、ハワードは森林などの自然の姿に倣い、動物性と植物性の廃棄物を混合し好気的に堆肥化することを薦めている。特に、都市部の廃棄物は元の場所、つまり農村へ戻らなければならないと強調している。その他、表土と心土の無機成分の循環を促す心土耕、緑肥や雑草を利用し土に自動的に腐植を作らせる土中堆肥法、アゾトバクターによる窒素固定などを推奨。

順序が前後するが、「自然こそが至上の農民である」ということの詳細は、主として上巻で語られている。生命の性質とは、多様性、安定性、生と死のサイクルである。これらの性質の正常な運行は、自然の膨大な備蓄を基礎としている。すなわち、過去の生命の死骸や排泄物の集積ー腐植―こそが生命の根源である。この腐植を元に「自然は土そのものが肥料工場になるように仕組んでいるのである。(上巻p.59)」自然界においては、腐植は取り去ったら必ず元に戻る。この還元の法則が自然そのものが営む農業の基礎である。

したがって、人間が営む農業もそれに倣わなければならない、と続く。それをせずに、自然が長年かけて蓄積してきた豊かな腐植を消耗し、土壌の肥沃度を収奪するだけで、不毛の地と化していった歴史(植民地、機械化、そして化学肥料)が例示されている。

肥沃度を使い果たすことは、過去の資本と将来の可能性を譲り渡すまやかしの豊かさである。・・・つまりそれは、自分自身を防衛する立場にない次世代からの強奪を意味している。(上巻p.109)

土壌の肥沃度が低下し、団粒構造が失われることで、土壌侵食(流出、飛散による荒廃)が促進され、あるいは、アルカリ土壌が形成されるといった弊害が生じる。これらは土壌そのものの病気である。また、根圏の環境が悪化することで窒素循環が停滞し、蛋白質が適切に合成されなくなることで、免疫力・抗病力が低下し、作物自身も病気に罹る。

ここで述べられていることは今日では有機農法のテキストに当たり前に浸透していることなのかもしれない。しかし、「そのような考え方は、最近一般に普及している自然観とは著しく相違している(下巻p.13)」ような化学全盛の時代に初めて体系的に著されたのが本書である。

最終章は、「新鮮な基盤―地上の緑のカーペットを十分に利用すること―に基づいてわれわれの文明を建設すること(下巻p.116)」を世界に提示された課題として挙げ、「そのときこそ文明は長足の進歩を遂げて、輝かしい太陽の時代が訪れるであろう(下巻p.117)」として締め括られている。




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category: 農業
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