寝太郎ブログ

2018年4月11日文庫本発売→『スモールハウス 3坪で手に入れるシンプルで自由な生き方 (ちくま文庫)』

『スモールハウス』文庫化  


小屋帰宅。

・まだ先ですが、拙著『スモールハウス』の文庫版が筑摩書房から出ます。

・いくつか雑誌に記事を書きました。

「建築ジャーナル 特集 小さな家」
形のない「生」に形を与える「家」と、形のない「思考」に形を与える「言葉」は似ていて、「生」よりも「家」、「思考」よりも「言葉」が先行して空回り・形骸化しているようなときには、それらの断捨離や住み替えが重要だということを、小屋との関連で書きました。

「フィナム アンプラグド」
現物が手元にないのですが、インタビューの時は「人間の頭の中には死という耐え難い観念があるので、全き孤独の中に生きることは難しい」というようなことを話しました。
unplug.jpg

『自作の小屋で暮らそう』は昨年無事に重版されたそうです。

『自作の小屋で暮らそう』の韓国語版も出ます(時期未定)。

『僕はなぜ小屋で暮らすようになったか』の韓国語版も進んでいたのですが、訳ができてから改めて向こうの出版社の方が読んでみて「思っていたのと違う」ということで取りやめになったそうです。詳しい経緯は知りませんが、つまり、筆者個人の回顧や心情吐露が延々と続き、いつまで経っても雇用問題、住宅問題、環境問題、政治問題、経済問題、なんにも出てこないじゃないか、というようなことかもしれません。『ぼくはお金を使わずに生きることにした』みたいな本を期待していたのかもしれません。無念。


どの家も久しぶりに帰るとその「勝手知ったる」感が嬉しかったりすると思うが、小屋の「勝手知ったる」感は格別である。なにしろ何もかも知っている。

しばらくは東京と山梨の二地域居住みたいになりそう。やはり三作目がきつかった。だいぶ消耗した。それ以降、あっちゃこっちゃさまよっている。どうせどこへも行けないのに。ロケットに乗っても、大金を稼いでも、人類に貢献しても、僕はどこへも行けない。どうやって生きていったらいいのかねえ。

そういえば昨秋、結局大豆は収穫できなかった。両手に抱えるくらい株を抜いてきて脱穀しても、シワがついていたり、変色していたりして、きれいな丸々した大豆は手のひら一杯くらいしか採れないので、馬鹿らしくてやめてしまった。



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category: 出版
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