寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

『脱資本主義宣言』(鶴見済 著)  


本日発売の、『脱資本主義宣言』(鶴見済 著)


脱資本主義宣言: グローバル経済が蝕む暮らし
鶴見 済
新潮社
売り上げランキング: 1208
日本(あるいは「北」の国々)に住む我々には、「大量生産⇒大量消費」としか見えないプロセスでも、本当は「(資源の)大量採取⇒大量生産⇒大量消費⇒(ゴミの)大量廃棄」という一連の流れなのだ。

(中略)

またこの始まりと終わりは、「南」の国々に押しつけられることが多く、そこで環境破壊や健康被害や搾取が起きているが、それも同時に見えなくなっている(最近では「大量生産」の過程までもが「南」の国々に輸出されて、我々に見えているのは「大量販売⇒大量消費」のみになりつつある)。(p.41)

細かいことですが、気になったのは、1章の章題が「身近にあるグローバル化の被害」になっているんですが、要は、身近と言うのは日本人の身近だとすれば、被害というか、加害?


後半は、資本主義の入門のようなことと、人間が、自然の循環と、宇宙全体から見て、どういう位置付けにあるのか、というようなことが載っていました。「自然界とのつながり」は若干浮いてるような気もしました。


内容はオーソドックスで、鶴見氏でなくとも誰かが類書を書いた(あるいは私は知りませんが類書が既にある)であろうと思われます。
でも、みんなが思っていることを、ネームバリューのある人がわかりやすく書いてくれることに価値があるんだと思います。


以下の点は、不同意でした。

この先はカネや経済により依存しない、他の生き物に近い生き方を目指すべきなのだ。

私は、お金を使ってもうまいことやっていけるくらい、人間が賢く進化することを信じています。


個人的に一番気になったのは、「おわりに」で書かれていた、執筆の動機です。

「生きづらさ」「どうすれば楽に生きられるのか」ということを考えてきて、ある時期から、楽に生きるためにはこの「経済の仕組み」を何とかしないとダメだろうと思い始めた、らしいです。


「生きづらさ」ということは私もよく感じるのだが、鶴見氏の言う「生きづらさ」とは、氏のwikiに


>自分たちを苦しめてきた生きにくい社会(人間界)のしくみへの批判(とくに競争社会、格差社会、新自由主義、右傾化、改憲論などへの批判)


とあるように(ソースがwikiですみません)、社会的なものだそうで、そういう生きづらさって私は感じたことが無い。


私の感じる生きづらさは、イデオロギーや経済状況以前の問題で、全面的に共感・賛成しているわけではないけれど、敢えて名前を挙げるとすれば中島義道的な生きづらさです。


この本が述べてくれたグローバルの危機を一切無視して勝手なことを言うならば、「高消費かつ自由経済」というのは、ちょっと見栄や外聞を捨てるとエアポケットができて、私のような生きづらさを感じている人にとっては、かなり生きやすい。

エアポケットというのは、金銭的な意味でもあるのだが、何と言うか、それこそ「空気」のエアポケット?

イデオロギーや経済云々以前に、ワタクシ的な生きづらさを感じている人は、むしろ進んで空気のエアポケットに入ったほうが安心できる。

これは、低消費でも、計画経済でもうまくいかない。

高消費かつ自由経済だからこそ、理想的なエアポケットができる。


云千万円するマイホームなんて、「南」の犠牲の上に成り立ってる頂点みたいなものだから、小屋という偏差値の低い(高い?)暮らしをしていると、いろいろ経済やイデオロギーについても関心は湧いてくるのだが、ただ、一番根底のところでは、それらは自分の関心に繋がってないな、というのはいつも感じています。


鶴見氏の「生きづらさ」が、最初から社会的なものだったのかどうか、どこかで社会に対する批判に変わったのか、氏の「生きづらさ歴」に興味があります。




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category: 社会・経済
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コメント


13 ■無題

大量資産、消費の時代だから生活レベルさえ下げれば物価は安いし必要ならば生活水準にたいして桁の違う額を短期にがっつり稼ぐこともできる。私は下野するから地上の諸君頑張ってくれたまえ。晴耕雨読、きっと手に入れます。

リバー #79D/WHSg | URL
2012/12/25 12:28 | edit



12 ■無題

私は、過干渉な近所と男のエロが嫌でたまりません。
会合の後の会食の時など、他人の噂話をする人がいます。
私がぼけーっとしていると、「ほら、あなたの知ってる○○さんだよ。」と、会話に参加させる感じです。私は、うんうんとも、そうなんだとも何も言わないので。
私は、噂話は大っ嫌いです。
事を大きくして、全く話が違うこともあるからです。
男のエロは、幼い時から今もずーっとあります。
痴漢、のぞき、見知らぬファンと名乗る者からの電話、まあいろいろと・・・
公園で走っても走っても追いかけてくる男、犯されそうになり命からがら逃げたこともありました。体が柔らかく体力があり、走るのが早かったので逃げ切れたけれど、普通の女ならばやられていたでしょう。
いろんなことがあり、ひっそりとしたところに行って生活したいわと思う。

匿名にさせて #79D/WHSg | URL
2012/07/24 11:29 | edit



11 ■無題

生きてるか~(・◇・)?

仙人 #79D/WHSg | URL
2012/07/15 06:47 | edit



10 ■無題

TOKYO 0円ハウス 0円生活をもとに映画化された堤 幸彦監督『MY HOUSE』を見てきました。
堤監督の切り取り方なので、僕としてはなんだかな~と・・・
TOKYO 0円ハウス 0円生活は読んでいないけれど、「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」を読んだ時に受けた
自分の固定観念(お金や自分の生活、あるいは社会に属するということ)を破壊される衝撃が、この映画からは感じられなかったんだよね。

そういう意味では、「建てない」建築家・坂口恭平さんを追ったドキュメンタリー「モバイルハウスのつくりかた」が公開されているようなので
是非見たいと思います。

寝太郎さん見ました?

本文と関係ないコメントで恐縮です。

まさる #79D/WHSg | URL
2012/07/07 22:54 | edit



9 ■無題

この記事を読んで感じたことを、ブログで書かせていただきました。
 → http://hannouhankatsudou.blog.fc2.com/blog-entry-312.html

2作目の本の発売、楽しみにしています。

ばたお #79D/WHSg | URL
2012/06/24 17:59 | edit



8 ■無題

自分は日本社会は生物としては生きやすいと思っています。
他の国々との相対的な比較に基づくのであれば、圧倒的に死のリスクは低いかなと。
まぁ自殺者が年間3万人もいて、物質的な面ではなく心理的な観点から見ると、生きづらさは否めないかもしれませんが。

とにもかくも、生きづらさを感じるのは個人の主観でしかなく、最終的には感情や思考の持ちようだと自分は感じています。
たとえ強制的に最悪なコミニティ等に属さなければならない時でも、それ自体を肯定できれば既にそれは苦ではなく、むしろ幸福を創出してくれる産物に変化してしまうでしょう。

とは言え、人間そんなこと簡単にできるはずないです。
どんなに理屈を理解していても、やはり感情には勝てません。

だから自分としては、生きていることに理由を求めないのが、1番生きやすい生き方なのかと思います。

きっと山や川があるのと同じように自分達は存在しているのだと。

しかしこの考え方も結局はエゴに始まりエゴに終わるんですがね。

何にせよ、昔の武家社会から現代の資本主義まで、ピラミッド構造社会であるには違いないかもしれません。それが単にグローバルの枠組を呈したのが今であって。


とりあえず長文失礼しました。
寝太郎さんのBライフ応援しております。


たけのこ #79D/WHSg | URL
2012/06/24 14:14 | edit



7 ■無題

皆迷ってる 金ありゃしあわせだとは思ってないはず

幸せは自分の中にある。

まんこ #79D/WHSg | URL
2012/06/24 10:31 | edit



6 ■無題

皆迷ってる 金ありゃしあわせだとは思ってないはず

幸せは自分の中にある。

まんこ #79D/WHSg | URL
2012/06/24 10:29 | edit



5 ■はじめまして

はじめまして、ぴーたーと申します。
以前より、拝見しておりましたが初めて書き込みさせて貰います。

「生きづらさ」とは、今の日本社会との価値観のズレ
また、それって他人から価値観を押し付けられるストレスなのかなと思いました。

なんらかの組織に属して自分の必要と思う以上に他人と関わり干渉されることに
私は「生きづらさ」を感じていますね。

そういった意味で、寝太郎さんのような生活、生き方に興味を持っている次第です。
今後も興味深い情報発信を期待しております。

ぴーたー #79D/WHSg | URL
2012/06/23 23:30 | edit



4 ■無題

>中島義道的な生きづらさ

学生時代にバイトしていた出版社で中島さんの『人生を<半分>降りる』を扱っていたのですが、そのタイトルにすごく惹かれたのを思い出しました。

私としては、寝太郎さんの「生きづらさ」観に、大いに関心があるところです。

hnhk #79D/WHSg | URL
2012/06/23 14:04 | edit



3 ■無題

中島義道的生きづらさと言うと
虚無感を感じていますか?
人生に意味は無いとかどうせ死んでしまうとか
自分も虚無感はよく感じるので共感できます

くま坊 #79D/WHSg | URL
2012/06/23 00:51 | edit



2 ■無題

自分も生きづらさを感じていますが、別に社会のせいではなく内面的なものですね。
他人と協調して生きるのが疲れる。人間関係が面倒くさい。一人の方が気が楽だけど孤独にさいなまれる。って感じですね。別に誰のせいでもない。自分の性質の問題なのでどうにもならないって話です。

寝太郎さんの感じる生きづらさとは具体的には
どんな事なんでしょうか?

TAD #79D/WHSg | URL
2012/06/22 20:02 | edit



1 ■ものすごく同意!

あまりにも自分とドンピシャなご意見で、感激のあまり思わずコメントしています。
不同意な「おわりに」、中島的な生きづらさ、エアポケットについて等、全く私もそう思っています。
この本、知らなかったのですがぜひ読んでみます。ホントにこういう人物にまとめてもらうと強力ですね。
最近こちらのブログを知って購読始めたのですが、サイトと併せて、更新楽しみにしております!

ふ #79D/WHSg | URL
2012/06/22 16:45 | edit



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