寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

バイクの修理費で一月分の生活費が飛んでった  


もうかれこれ3年以上もエンジンオイル交換だけで乗り倒している中古原付。世界一丈夫なスーパーカブと言えどもさすがにガタが来ていた。トルクが伝わりにくく、明らかに乗り心地がおかしい。

それで、整備・修理に出したのだが、点検費と、スプロケット交換・チェーン交換・メーターケーブル交換で、一月分の生活費が飛んでいった。月200000円で生活している人が、バイク修理で200000円飛んでいったのを想像してみれば、どんなに大事かがよくわかると思う。

その代わりに乗り心地は新品バイクみたいに滑らかになったが。カブはほとんど身体の一部みたいになってるので、安全のためにもお金をかけるべきところだというのはわかっている。

これはこの生活の一つの脆弱性であって、僕が月20000円で生活しているからと言って、修理代は2000円になったりはしない。

一方で、入ってくるほうも同じで、月20000円で生活してようが、月200000円で生活してようが、アルバイトの時給は変わらない。時給には生活水準は考慮されない。

だから、やはり重要なのは取捨選択であると思う。取捨選択を誤らなければ、差し引きゼロになることはない。必ず黒字(?)になる。

原付バイクの整備くらいだったら、将来的には学べばいいのかもしれない。しかし、修理作業を見ていた限り、今すぐに一人でやるのはちょっと難しそうだなと思った。もちろん、マニュアルや工具のお金もかかる。

最初からいろんなスキルを備えている人だったらいい。小さい頃からそういう環境で育って、何でも自分でやることに慣れている人ならいい。でも僕は基本的にはそういう育ちの人間ではない。

どうしてもこの社会・経済と関わらなければならない部分を、どう取捨選択していくか。バイク屋に修理を頼むということは、少なくとも国内の、おそらくは全世界の経済を反映した価格で頼むということだ。

基本的には、あまり身体から離れた道具に頼らないのが、一番賢明であると思う。そうすれば、メンテナンスをするべきなのは自分の体が唯一であるから、健康にも自然と気を遣うようになる。食事だけだったら、いくらでも安く済ますことができる。

僕の生活で言ったら、デジタル機器や通信費、バイク、その辺のところである。紙と鉛筆と自転車で生活できるだろうか?不可能ではない。しかし、今の僕にはできない判断だ。

今だけでなく、おそらく将来的にかなり自給自足的な生活をすることになったとしても、少なくともパソコンとバイクくらいは使うんじゃないだろうか。

こういう、線引き・バランスが一番難しい。

『ぼくはお金を使わずに生きることにした』という、歯磨き粉をイカから作るといったような極端な生活実験の本があったが、まともに生活を考えている人は、そういう選択はしないと思う。

僕がたまに「実験的生活」と言われて妙な気分になるのもそういうところだ。実験的生活だったら、もっと理想的で、面白い生活ができる。僕は僕なりに真面目に生活を考えていて、自分でやるべきか人に頼るべきか、その選択は自分の精神衛生にどう影響をもたらすか、思案や妥協を重ねて断腸の思いで出す決断に、人は平気で矛盾だの非効率だのと言ったりもする。

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本日の活動

9:00 起床、朝食(パン、牛乳)、読んだり書いたり
12:00 昼飯(スパゲティ、ゆで卵)、インターネット
13:00 薪カット、ぼんやり散歩
15:00 読んだり書いたり昼寝したり
18:00 夕食(玄米、味噌汁)、コーヒー、インターネット
20:00 読書、適当に就寝予定



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category: お金の話

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