寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

『宴のあとの経済学』 シューマッハ  


宴のあとの経済学 (ちくま学芸文庫)この本に出てくる「宴」とは、大量の石油によって稼動する刹那的な夢世界、つまり現代のことである。

「低廉豊富な石油に恵まれた、世界史の中でも稀な、きわめて短い時代(p.25)」は、高度に石油に依存した巨大農業システムや巨大都市システム、巨大工業システムを築き上げた。

大都市はそれ自体では生存できず、大地に囲まれてこそ生きられる。したがって輸送手段に乏しかった旧来の都市は、一定規模以上に発達しなかったが、輸送エネルギーの問題は化石燃料によって解決された。

農業の一人当たりの生産量が著しく増大しなければ、都市への人口集中は起こりえない。これもまた、機械と化石燃料によって解決された。かつての農業システムは、今では石油に頼っている仕事を土壌中の微生物にやらせていた。

諸君の召し上がるものは、生理学から言うと各種の食料品であろうが、経済学の見地からみると、それは主に石油である。(p.26)

資本集約型の大工場でもって大量生産して地球の果てまで届ける工業システムも、やはり石油が可能にした。

化石燃料は再生不能である。宴の時代は終焉を迎えようとしている。しかし、シューマッハは次のように力強く語っている。

人間が真に必要としているもので、根元から単純化されたテクノロジーと、ごくわずかな初期資本でもってごく平凡な人の手で、小規模に、またきわめて簡単で効率的に、かつ生命に溢れた形で生産ができないものはないはずだ。(p.34)


現代の産業主義には四つの特徴があるという。まとめると、

一、著しく複雑であることによって、人々から時間や思考の余裕を奪い、神経の緊張を強いていること。
二、欲求、羨望感、金銭欲を刺激し、それらを公然と利用し、それらに依拠して成り立っていること。
三、労働を無味乾燥で無意味なものにし、個性を窒息させ、人間の秘める潜在能力のうちの極小部分しか活用しないこと。
四、大組織による権威主義的な性格。

ひとつの解決策として、全体のシステムではなく、個々のテクノロジーから手を付けよ、とシューマッハは言う。

システムを変えるためなら、新しい型のテクノロジーを誕生させるのに優る方法を私は知らない。それは、小国の国民にも高い生産性を与え、その人々をある程度まで自立させるようなテクノロジーである。(p.62)

使い捨ても惜しくないような価格の化石燃料が存在したことから、テクノロジーは四つの方向に道を誤った。

一、巨大化
二、複雑化
三、資本集約化
四、(人間や自然に対する)暴力化

解決方法はおのずから、それとは反対の方向にあることになる。すなわち、小規模性、単純性、小資本、非暴力。

現代テクノロジーが人間に及ぼす影響は、若者たちの声を聞けば早いと言う。

・果てしない生存競争はご免だ。
・機械や官僚機構、単調な生活や醜悪な生活の奴隷になりたくない。
・無能者やロボットや一介の通勤者にはなりたくない。
・個性を失った一個の断片的な存在にはなりたくない。

これらを肯定文で言い換えれば、

・自分自身のことをしたい。
・なるべく質素に生きたい。
・仮面でなく、なまの人間に接したい。
・大切なのは人間であり、自然であり、美であり、全体である。
・(機械ではなく)人の世話をできるようになりたい。

これらをひっくるめて、「自由への渇望」と呼びたい。(p.71)


少し古い本ではあるが、以上の現状把握がとても平明に書かれている。

ただ、現状を踏まえた上で、ではどうしていくべきかという未来への指針の話になると、本書後半のように、教育、宗教、幸福、人間といったテーマまで踏み込まざるを得ず、シューマッハはまったく臆せず突き進んでいくのだが、それらのテーマの領域で「かくあるべき」と言おうとすると、少なからず理想主義的になり、「そりゃあ、仰るとおりだけど・・・」となってしまうので、難しいなと思う。

ちなみに、原題は"GOOD WORK"、つまり『良き仕事』。

「あらゆる資源の中でも最も重要なのは、人間自身の活動力と想像力と頭脳力である(p.10)」とした上で、現代の仕事においてはまさにそれが犠牲になっていると指摘している。



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category: 社会・経済

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