寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

昭和30年  


『昭和に学ぶエコ生活』という本を読んだ。読んだというか、眺めた。そのメモ。

昭和30年。この前後で生活が激変した。江戸、明治、大正、昭和初期くらいまでは、大して変わらない生活が続いていた。

・食事
ごはんに漬け物、味噌汁くらいしかなかった。たまに野菜の煮ものや魚がつけばご馳走。魚の頭から果物の皮や種まで、食べられるものはうまく料理して何でも食べる。

・重曹
油汚れは重曹で。重曹には生ゴミの消臭や除湿効果もある。夏みかんに重曹をかけて酸味を抑えてから食べる。食べ過ぎや胸やけの薬に。歯磨き粉に。少量を水に溶いてシャンプーに。つめ磨きに。金物磨きに。酸っぱくなりすぎた漬け物や味噌の味直しに。

・井戸
井戸の中は温度が一定で、夏場は冷蔵庫に。井戸水は桶やバケツで運び、水がめに入れておく。かなりの重労働であった。だから徹底的に使いまわし、節約した。

・道具類
ビニールやプラスチックが浸透する前は、樹木、竹や藁、イグサなどで多くの道具が作られていた。

・家
縁側が魔法瓶の真空部分のような役割。障子は少ない紙と木でつくられており、簡単に修理可能、そして経済的である。風や視線は遮り、光を柔らかく通す。
縁の下は、湿気を払い、防虫の効果もあった。夏は涼しさを保ち、冬は冷気の伝わりを和らげる。
壁は土壁。芯は竹で、縄で結んである。壁材は土と藁のミックス。手に入りやすいのは言うまでもなく、土自体が湿気を吸ったり吐いたりする。長く住めるし、最終的には土に還る。

・貯蔵
玄関脇の地面に1mくらいの板が敷いてあり、その板をどけると、藁や籾殻が詰まっていて、その中にサツマイモや自然薯などの根菜が保存されていた。
軒の下には、玉ねぎ、とうもろこし、ニンニク、トウガラシなどが吊るされていた。


著者は学芸員で「1993年より昭和の生活資料の収集に取り組み現在に至る」とある。うらやましい。


残念なのがタイトル。
どうしてなんでもかんでも「エコ」で解釈してしまうのか。もったいない。

「エコ」って、まさにこの概念こそが無駄で複雑なものが積み上がった結果の悪しき副産物、何か別の本当に醜いものを覆い隠すための美しい外見をしたお洋服のようなものであって、時代の歪みから生じた、物事を一面的にしか見ない、枝葉末節のくだらない概念だと思う。

「エコ」は人の行動の落としどころになるような上位の概念じゃない。
こういう偽の上位概念があるから人はものを考えなくなって、局所的で視野狭窄的なエコ活動「これはエコだから、こうするんです」を始めてしまい、しまいには義憤に駆られて「それはエコじゃないから、やめてください」と言い出す始末。
僕は「エコになりますから」と言われると、意地でもやりたくなくなる。

昭和30年以前の生活の素晴らしさはそういうもんじゃなくて、その土地に合った、その気候に合った、その季節に合った、最も効率的な、必要にして十分な生活が、文化として自然に形作られ継承されている、その美しさ、その穏やかさ、その満ち足りている感じにあると思う。他の瑣末な諸問題は、自ずから然るべく、追って解決されること。


そういえば、3年半の間、基本的に水洗い(アクリルスポンジ)だけでやってこれたし、たいして不便も感じていない。
しかし、考えてみると有機洗剤なるものがある。油で鍋や手がベトベトしたときに何か一つ洗剤があると助かるはず。
それで、この本を読む前のことだが、重曹を買った。

P1030430.jpg

ただ、重曹はアルカリ性ということで、畑に撒くことはできても、野菜には無害かどうか怪しい。



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category: 昔の生活
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