寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

「お金」という存在について  


河川敷では米を一切炊いていない。他の主食に比べると高いし、面倒なので。

朝・・・パンとコーヒー。
昼・・・サンドウィッチ(ベーコン)とゆで卵2個、バナナ1本、コーヒー(100均マイボトル)。
夜・・・主食は麺類。玉ねぎ、人参など、保存の効く野菜を入れて。肉買ったり、果物買ったり。料理はしない。焼くだけ、切るだけ、茹でるだけ。

朝と昼で150円也。夜だけで150円也。毎日300円也。

昨日は肉が足りなくて、今日は野菜が足りなくて、でも一週間のサイクルで見ればまあまあいい食事。たまに外食したりするし。

食事はいろいろやってきたけど、極端な節約(パンの耳で暮らすとか)をしないで、完全にスーパーに頼って、なるべくお金も手間もかからないように、お腹一杯食べようとすると、だいたい一日300円くらいに落ち着くんじゃないだろうか。


「お金」という存在について、ある種の人間にとって考えることはみな同じで、以下『告白』(ジャン・ジャック・ルソー)より引用。

そのうえ私の好みはみな金で買えないことばかりだ。私の欲しいのは純粋な快楽だけで、金はそれを台無しにする。

・・・私は自由を何より愛する。束縛、苦痛、屈従が嫌いだ。財布の中に金のある限り、私の独立は保証される。また別の金を手に入れようとあくせくしなくていい。その心配が私には耐えがたいのだ。そこで、そいつがなくなる心配から、ケチケチする。持っている金は自由の手段だが、求めようとする金は隷属の手段だ。私がよく節約して、何も欲しがらぬのは、そのためである。

それだから、私の無欲はつまり怠惰に過ぎぬといえる。じっと持っている楽しみは、得ようとする苦痛にかえられぬ。

僕には、このまま生活していけばあと10年くらいは寝てようが徘徊してようが生きられるお金がある。それが僕にとってどんなにありがたいことか。

節約することによる面倒や味気なさは、お金を稼がなければならない面倒や味気なさに比べれば何てことはない。



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category: お金の話

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