寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

余計なものは余計なものを引き寄せる  


僕が今住んでいる小屋に関して、これまで使ったお金の半分くらいは無駄な出費だった。

その筆頭がソーラー発電である。
300Wも準備して、結局何に使ったかと言えば、照明とパソコンくらい。

かなり早い段階で夜に照明が点いている必要は全くないのだと気付いた。明かりが点いていると部屋全体が見渡せる・・・だから何だというのだろうか。最初からローソクとヘッドライトだけで生活してもよかった。だいたいこの小屋なら真っ暗闇だってどこに何があるか分かるのだ。

ノートパソコンに関しては、日頃はスマホを中心に使い(パソコンの電源を入れなくてもUSB充電できる口がある)、紙に書いたブログを投稿するときのみパソコンを動かせば、満充電で2週間は使える。ソーラーで新たにできるようになったことは、ダラダラとインターネットすることだけ。

それで、ソーラーがもったいないからということで、低電力の冷蔵庫を買ってしまった。これも要らなかった。今ではトイレの向かい側でただの保冷ボックスとして鎮座している。そんなもの、発泡スチロールでよかったのだ。

テレビアンテナも要らなかった。ここ数年で数えるくらいしか見ていない。サッカー日本代表が勝ったからと言って自分には1ミリも関係ないということにはとっくに気がついているのに。それもこれも、せっかくソーラーがあるからということで付けたのだ。チューナーだってどれがいいのか調べて買った(この調べるのがまた面倒くさい!)。

その他、ソーラーのために、こまごまとした電気用品、たとえばテスター(電圧計)なんかを買い、そのために12V電池を買い・・・挙句にソーラーシステムの不具合やらなんやらで、インターネットで長時間調べながら「便利だなあ」と思ったが、ソーラーが無ければそんな便利なことを自分の家でする必要もなかったのだ。何より、多くの時間を使った。

うちは幸い、水が近くにあり、火も使えるのだから、もっとずっと軽い生活ができたはずなのに。

ソーラーパネルを見ては「あぁ間違えたなぁ」と思うのも嫌なので(しかも時期と時間帯によっては陽が当たってないことすらある)、何度もしまいたいと思ったが、しまうとなると今度はバッテリーが過放電で死んでしまう。

なんとなく余計なことをしてしまうと、その余計なことのために新たな必要が生じたり、あるいはそのしてしまった余計なことを肯定しようとして、どんどん余計なことをするようになる。

懺悔でした。



このエントリーをはてなブックマークに追加

category: ライフスタイル

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

プロフィール

最新記事

著書

カレンダー

カテゴリ