寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

マックと買い物と最適化された生活  


P1040792.jpg

ナゲット・・・クーポンで100円
チキンクリスプ・・・平常価格100円
コーヒー・・・クーポンで0円
水・・・0円

これで200円なら悪い気はしない。マクドナルドはいつもこんな使い方。バリューセットという名のバリューレスセットは買わない。

P1040795.jpg

気温が低いからと言って年始に汲んだ水を2週間以上飲んでいたが、いい加減、給水。買い物は牛乳、オレンジジュース、パン3種類、みたらしだんご、ちくわ、バナナ、プリン、弁当(250円)で、〆て約1000円。スーパーが安すぎて、あの安さは不健全である。

買ってきたらパンパンに膨らんだビニール袋をテント内に置く。寝床の左から適宜取り出して、食べて、馬鹿みたいにたくさん出る包装を右に捨てる。何の手間もかからないし、何の思考も費やさないし、それでいて、パンを食べて牛乳が飲めるのだから満足である。

P1040796.jpg

今の生活は本当に、豊かさの上澄みを掬うような生活で、依存といえば大いに依存なのだが、その依存対象が大きな企業や国という匿名的な存在であるために、あまり罪悪感や羞恥心を感じない。収奪や競争には参加せず、自分の手は汚さないで恩恵だけを受けている点を考慮すれば、ある種のヒエラルキーとしては、資本家よりも、経営者よりも、労働者よりも、上にある。

自給自足的な態度とはおよそ真逆にある。一方で、どういうわけか昔から自給的な生活に対する憧憬というものがあって、そこのところが自分でもどうもよくわかっていなくて、たまに畑を借りようとしたり、気が触れたようなことをしようとする。気が触れているのは今の生活のほうかもしれないし、よくわからない。

スーパーにしろ、マクドナルドにしろ、あるいは交通・通信インフラにしろ、そのコストパフォーマンスが理に適ったものだけをチョイスして利用している。生活は、山小屋よりもさらに最適化されているように思う。

最適であることは、必ずしも理想的であることではない。人生の全ての側面に納得しているとは言わない。しかし、納得していないことの原因、理想的でないことの原因は、少なくとも生活水準ではない。生活水準など誤差として片付けられるくらいに、人生は幸福であったり不幸であったり、あるいは幸運であったり不運であったりする。



このエントリーをはてなブックマークに追加

category: ライフスタイル

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

プロフィール

最新記事

著書

カレンダー

カテゴリ