寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

「社畜」ってなんぞ  


>レバレッジ

生活の余裕というのは、生活水準だけではなく、収入との相対的なものだから、レバレッジと表現している。国内外の物価差を利用したレバレッジについては大石さんという方の本『ノマド化する時代』あるいは、J・アタリの『21世紀の歴史』を参照のこと。

昔から、海外でふらふらして、日本に戻って稼いで的なのはある。それが今ではインターネットで海外に居ながらにしてできるようになった。しかし、目の前を流れてるお金の階層差は国内にもある。階層を選べばいい。

普通に稼いで質素に暮らせば余裕ができる。アルバイト程度でもさらに質素に暮らせばやっぱり余裕ができる。僕より生活水準が低い人は世界中にいくらでもいるが、彼らは日本でアルバイトはできない。僕はできる。なぜなら、たくさん稼ぐ自由は誰にでもあるわけではないが、質素に暮らす自由は誰にでもあるから。


>バイトは短期かコンスタントか

一ヶ月集中して働くのと、週一でコンスタントに一年働くのだったら、前者を選ぶ。週一で一年働くのは、フルタイムで一年働くのと気分的にたいして変わらない気がする。

たとえば月曜日に働くと、事務的な頭の働かせ方の残響が一週間くらいは残る。頭の切り替えができてるという人は勘違いしているか、もともと大した振れ幅がないだけのように思う。

年取ってからのことは僕にはわからない。リフトで働いてたおじさんはたくさんいたが。


>働く人=社畜?

んなこと言った覚えは一度もない。「社畜」という言葉自体使ったことない。与えられたルールの中でみんなやりたいようにやっているだけ。正社員もBライフもその中の選択肢の一つ。社畜とか、嘲笑してるとか、見下してるとか、勝ち負けとか、感情的で勝手な解釈や自己投影はごまんと受けてきたが、今回コメントくれた方の理性的な感じに困った。そういうので敵味方ができたりして、ほんとめんどくさい。

こういうことはあるかもしれない。ただ単に働いていないだけなのに、「なぜ働かないのか」を説明するよう要求される。すると、まず「なぜ働くのか」を知らないと説明できない。その上で、それは別に欲していないということを言わなきゃならない。するとまるで働いていることを否定しているかのように思われる。マジョリティによる、マイノリティに対する「説明要求」という暴力。

僕は、少なくとも今は、その辺のサラリーマンのことを無差別に悪く言ったりすることは全くない。ただ、向こうから説教してきたり、忠告してきたりする人間はうざったいと思うというだけの話。それを聞き流す大らかさは僕にはない。



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category: ライフスタイル

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