寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

物語中毒  


たまに「小屋暮らしどうしたの」「ブレてる・ブレてない」みたいなわけのわからないことを言ってくる人がいるのだが、もうウンザリザリガニ。

unzari1.jpg
Special thanks: @SayuriKamitaka

どうしたもこうしたも、今は小屋暮らしのことなんてスッパリ忘れて、海外で羽根を伸ばしてるよ。それが何だって言うのだろうか。

小屋なんてただの箱。自分が必要だと思ったから建てたまでで、自分のを建て終われば基本的にそれで終わり。

小屋はBライフの(とても有用な)手段の一つで、こうしてフラフラできているのも拠点が一つあるから。荷物や郵便物に関して実家や知人を頼れる人には、小屋のありがたさがわからないのだろう。

働くにせよ働かないにせよ、定住するにせよ放浪するにせよ、どんな生き方をするにせよ、本当に一人で生きてゆきたいと思ったら、小屋を一つ建てるという選択肢は間違いではないと、今でも思っている。

でも僕は、肩書きとか、看板とか、専門とか、代名詞とか、そういうものが嫌いだから、そういう気配を感じるとすぐにその束縛から逃れたくなる。

あるテーマを中心に行動するようになると、自分がそのテーマに興味があるから行動しているのか、それとも自分の看板だから行動しているのか、わからなくなる。それはもはや純粋ではない。

「私はこういうことをして生きています」「こういうテーマで情報発信しています」というものができてしまうと、それを根幹に人生の物語が語られるようになってしまう。

物語に対する欲求は一つの中毒である。僕はいかなる物語からも逃れたい。物語から逃れつつも、死ぬのではなく、なおかつ生きてゆきたい。これが自分の生活のテーマだと思う。

それはとても難しい、ほとんど矛盾しているようなテーマだということも知っている。なぜなら、一番大きな物語は「人生そのもの」あるいは「生きる」ということだからである。

少なくとも冬から春にかけての一番いい季節は小屋で過ごしたいと思っている。




このエントリーをはてなブックマークに追加

category: ライフスタイル

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

プロフィール

最新記事

著書

カレンダー

カテゴリ