寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

ブログ4周年  


ブログ開設から4年。自分の望むように生きたいと、改めて思っている。


・ホンモノについて

物にしても、心にしても、ホンモノだけで満たすこと。ニセモノの誘惑に負けないこと。現代日本に生まれれば、ニセモノの上をサーフィンしているだけで大量の金を得ることができてしまう。お金を使いすぎるとニセモノと繋がってしまう。ニセモノに依存する人が増えれば、ニセモノで人が動き金が回るようになり、そうしてニセモノが価値を持ってしまう。ニセモノで回る金には実体が無く、必ずどこかに皺寄せが行く。自分自身もニセモノ無しでは生きられなくなる。生活からニセモノを排除すること、フェイクを排除すること。


・死と孤独について

自分の中にはいくつもの人格があるが、そのほとんどは表面的に分裂しているだけで、結局のところ「生きる」という大きな背景に繋がっている。しかし、死と孤独に由来する人格だけは全く性格を異にし、他の人格と相容れない。そのことが、あらゆる問題を複雑にしている。ただ生きればよいだけではない。人間は「人生の物語」では語れない。死を包含するような形で自分の論理を閉じること。


・過去について

本気で生きるということは、全身全霊で生きるということ。全身全霊で生きるということは、自分の意識的な部分から無意識的な部分までの全てを投じて生きるということ。そうすると、本気で生きようとすればするほど、無意識に蓄積された過去のあらゆる妥協や不純さがのしかかってくる。それがたとえ、自分しか知らないようなことであっても、あるいは自分すら忘れているようなことであっても。今日この瞬間の罪には、未来永劫、罰が与えられる。「本気で生きられなくなる」という罰である。しかし、罪が無い人はいない。反省し、その反省から今日を生きる、それしかない。


・人と会うのもいいかな

自分のことをもっとよく知るまでは、人と会うのも怖い。他人に感化されて他律的に自分が変わるのも怖い。でも、社会の大きな流れに沿わないところに自分の価値の重心を置いて、孤独に、本気で生きている人に会って、そのエネルギーを分けてもらうのはいいことなのかもしれない。悪いことなのかもしれない。そうして分けてもらったエネルギーは純粋なもののような気もするし、自分の中で何か妥協してしまったような気もする。よくわからない。


・ライフスタイルについて

どこに住んで、何を食べて、どんな生活をするか。いろいろやりたいことはあるが、一度に全部はできない。とりあえず6年目(ブログ5年目)は、小屋を建て直さなきゃならない。贅沢・装飾・高価な商品としてのシンプルはニセモノ・フェイクである。自分自身が最低限の生活をする中から生まれるシンプルを大切にし、ニセモノを見抜く力を維持すること。生活の中でやむを得ずニセモノと接するときは、それに支配されないように意識して観察すること。




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category: ブログ運営

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