寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

日本が恋しい  


日本が恋しい。こういう気持ちになったのは初めてである。正確には帰国を決めてから日本の生活をあれこれ想像するようになって、途端に恋しくなってきたというべきかもしれない。

いずれにしても、今僕の頭にあるのは温かいご飯と味噌汁である。東南アジアにもご飯はあるが、日本のご飯とは別の食べ物である。

今はどんなに美味しいタイ料理よりも、モチモチのご飯とだしの効いた味噌汁を食べたい。あれを100円以下で食べられるのだから、日本は良い国である。異国の料理も確かに美味しいけれども、毎日食べるのなら断然日本食である。体が一番安心して落ち着くのは、日本食である。


少数ながら複数の国や地域を見てきて、各々に流れる空気は幾つかのエッセンスに分けられるように思えた。

第一に、洗練された文明と人間の秩序の空気。第二に、自然と一体化した生活の空気。第三に、無数の人間の臭いが混ざり合ってできる混沌の空気。第四に、宗教的な恒常性と静謐さによって支配された空気。

タイの都市部には圧倒的に第三の混沌の空気が流れていて、それから生活の一部として習慣化された信仰心も垣間見られる。人、人、人、プミポン国王、人、人、人、プミポン国王、、、

一方、自分は明らかに文明の秩序の中で育ってきた。だからこそその反動で、自然や混沌や宗教性に憧れないしは興味を抱く。今恋しいのはその文明の秩序、もっと言うなら記号に対する信頼性である。

僕はたまに、自分と同じ記号を用いている人間の存在、つまり日本人が鬱陶しくなることがあるが、今は慣れ親しんだ記号が恋しい。


東南アジアで暮らすのは表面的にはイージーで、パスポートを持って飛行機に乗ればそれで終わりである。しかし、本当に表面的な決まりきったことしかできない。少しでも踏み込んで生活しようとすると、途端に難しくなる。

その点、日本は最善最適の選択肢を自分で選ぶことができる。だから、いくら物価が高かろうが、日本人なら日本にいるのが一番ローコストである。


自分はあまり環境に左右されない人間だと思っていたが、今は日本が恋しい。




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category: タイ
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