寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

『宇宙船地球号 操縦マニュアル』  


以前コメントで紹介されたバックミンスター・フラーの本を図書館で見つけたので読んでみました。『宇宙船地球号 操縦マニュアル』これしかなかった。著書の中でフラーはこんな主張をしている。


(私たちの失敗の)最も重要な要因のひとつは、専門分化が包括的な思考を妨げることに気づきもせず、この社会が、専門化こそ成功の鍵だと考えていることだろう。・・・大学はすべて、ますます細かく専門分化するように組織化されてきた。・・・(しかしながら)すべてを理解し、すべてを統合しようとする欲求。人の生の輝きとして、それ以上のものがあるだろうか?

しかし、結局、フラーの言う「包括的思考」が役に立つのは、そういう「専門分野」でしかないのだと思う。点や線などを扱えばよい純粋な数学や、既に作られた物を海を越えて運ぶ貿易、あるいは建築物のデザイン・設計。フラーいわく、昔、各大陸に閉じこもっていた人々は、海を越え地球全体を理解した「大海賊」によって支配された。複数の大陸を関係付けて初めて、一方の大陸のものを別の大陸に持っていけば何倍の価値にもなると気がつくことができた。しかし、大海賊は、良く言えば包括的思考者だが、悪く言えば貿易のプロフェッショナルである。彼らは地球全体を「理解」なんかしてやしない。結局、大海賊たちは専門分化した科学の知識についてゆけず、滅びてしまう。フラー自身が書いているように、「「大海賊」たちは、第一次世界大戦が起こったとき、産業に潜む先端科学の最前線の知識の上で対処できなかった。海賊たちはお抱えのトラブルシューター・エキスパートに検査を代行させたが、又聞きの二番煎じの情報に甘んずるよりほかなかった。こいつとあいつで、自分が話していることを本当に知っているのはどっちのやつかということを、盲目的に、つまりはただの思い込みで、信じるしかなかったのだ。「大海賊」は自分で判断ができなくなっていた。もはや、「大海賊」たちは主人ではなかった。これでおしまい。「大海賊」は死に絶えた。」これは端的に、包括的思考の弱点を語っている。つまり、広く浅く、だ。広い領域をカバーするのは所詮、表面的な言葉でしかない。表面的な言葉からは、各部分間の関係性すら見えてこない。この点を、彼は思考モデルを数学的に表現することでうまく誤魔化している。


一般システム分析(ビット)、測地線などの純粋に数学的な事実と、それを正しい思考のプロセスのモデルと考えることには大きな溝がある。フラーは、思考対象を点、関係性を線で表現しているが、各専門分野は幾何学的な点などではないし、関係性は線などではない。点ばかり見ていては線を引けないのは当たり前だが、点の中身が分からなければどんな線を引いたらいいのかすらわからない。せいぜいのところ彼の言う点とは、「宇宙」とか「意識」とかいった表面的な言葉だ。「包括的思考」というやつが、そんな寄せ集めの言葉の関係付けなら、それはサイエンスライターのお得意とするところで、そもそも本気でやろうとすれば何も判断できず不可能だと思う。事実そうやって、大海賊は滅びた。「大海賊のプラグマティズムとは、科学分野で専門分化した彼らの下僕たちが集めてくる、不適切な「基本」情報に基づくものだった。」とフラーも白状しているのに、何のフォローもないのはどうしてだろう?包括的思考の弱点は、彼の宇宙の定義によく表れている。「宇宙とは、非同時的に生起して、非同質で、部分的に重なるだけ、つねに相補的で、計量可能、あるいは計量不可能な、つねにすべてがかたちを変え続ける出来事からなる連鎖に関して、人類が意識的に感知し、伝達する経験のすべての集合」相対性理論から量子力学、人間の意識といった、思いつく限りのものを、寄せ集めてきて書き並べただけのもの。こんな定義が問題解決の出発点になるはずがない。そして、経験は有限だから宇宙も有限だ、と続く。とんでもない。


「シナジェティクス」とはそのようなモデルの関係性の部分に着目したもので、「シナジーとは、部分の寄せ集めの振る舞いをバラバラに見ていても決して予想ができないような、そんなシステム全体の振る舞い」と説明されているが、その例に挙げられているのが、初歩的な数学的事実、たとえばn個の点を結ぶ線が(n^2-n)/2本であること、あるいは物理的事実、鎖の組み合わせ方によって一つ一つの鎖の最低強度より強い強度が得られること、などで説得力に乏しい。そんなことを言い始めたら、何でもシナジーになってしまう。ちなみにフラーは、このような意味を表す言葉はシナジーだけだと繰り返しているが、全体論的思考の明快なアンチテーゼである物理学の「ミクロ法則還元論」「素粒子還元論」に反発する形で、1900年代前半には既に「ホーリズム(全体論。部分が全体に先行するのではなく、全体が部分に先行し、全体こそが部分の振る舞いを決定しているのだという考え方。)」という言葉はあったし、その後も「エマージェンス(創発性。多数のモノの総体にある、要素の法則からはわからない独自の法則)」、「More is different.(寄せ集めたときに本質的に違うものが生まれる)」などと言葉を変えて、しかも数学上の関係性などよりずっと深く議論され続けてきたはず。本当に``more is different''なのかどうか、それはすべての領域で言えることなのか、それとも物理学、生物学、あるいは心理学(ゲシュタルト学派!)などの限られた領域でしか言えないことなのかどうか、未だに議論が続いているはず。


その他細かな点では、「過度の専門分化は一般的な適応能力を犠牲にするために滅びる」「昔はエントロピー増大則によってエネルギーは失われると考えていたが、現在はエネルギーは保存されるとわかっている。つまり『今や科学は、権力の垣根が全て取り払われさえすれば、資源はすべての人間にとって十分にあることを発見している』」という議論は、端的に間違っていると思う。適応に失敗した種のみに注目して分化は不利だというのは自然淘汰という全体のメカニズムを考えれば意味が無いし、何より人間の専門分化は一方向ではなく多方向である。また、確かにエネルギーは保存されるが、資源の問題にとって重要なのはエネルギーが保存されることではなく、エネルギーが使える形で存在すること、つまりエントロピーのほうである。フラーが紹介しているミクロな対称性を持った諸法則の発見は、エントロピー増大という非対称性が誤りだったことを証明したのではなく、増大則と相反するものとして未だに物理学内部での矛盾として燻っている問題だと思う。事実、エントロピーは増大し、資源は失われつつある。


もっとも、『宇宙船地球号 操縦マニュアル』は専門書と言うよりは大衆向けの一般書として書かれたものなのかもしれません。他の本も読んでみないことには何ともいえないところがあります。




このエントリーをはてなブックマークに追加

category: 社会・経済
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

コメント


16 ■無題

いつ電気つけたのさ

(-.-) #79D/WHSg | URL
2012/05/24 22:52 | edit



15 ■本当に私達が豊かに暮らすには資源が足りないのでしょうか?

・豊かで安全な社会になるにつれ出生率は下がる
 日常の労働力としてや、老後の養い主としての
 子供を多産するインセンティブがなくなるから。
 これを考慮に入れて計算すると全ての人類が
 先進国並みに出生率が下がると100億人程度で
 人口の上昇は均衡すると見られること

・地球上に降り注ぐ太陽光のエネルギーは膨大 で、その極一部の利用でも十分に現在の必要 な電力をまかなえること

・大都市のオフィスビル群や、そこで行われてい る人類の生存にはなんら関係のない活動の
 数々に多大なエネルギーが使われているとい う事実、これらを廃すだけでエネルギー危機
 は欺瞞の産物と分かるということ

・太陽の光や風力、潮力や風力などの自然エネルギーだけで、現在行われている全くの人類の生存にとって無駄な活動にエネルギーが多大に振り向けられていることを是正すれば、賄えるということ

これらが技術的に真実なのかどうか、多くの人で意見を交わし、事実を着実に確認しながら
考えていけば、可能だと分かる、可能な方法が
分かると思われます。

MM #79D/WHSg | URL
2011/02/24 21:15 | edit



14 ■裏と表

・・・

確かに宇宙の地球の資源は無限ですが、
人間が一気に群がると、
再生・育成する期間がなくなってしまうので、
一時的に、一気に壊滅してしまうのです。

この壊滅方程式は多分、数式で表せると思います。

でも、人間がいなくなれば、
すぐに復帰するので、
植物も動物も、実は、
みんな心配はしてません。

困るのは人間だけ。


エセ:エコビジネス
本当:地球と共存

エコ宗教家 (エセ宗教家?) #79D/WHSg | URL
2011/02/23 21:16 | edit



13 ■Re:補足

>MMさん
専門分化された社会において 人々は専門の分野以外無能化していく
専門分野で食えるうちはいいけど食えなくなったら悲惨だよね
また 専門分野の獲得に失敗しちゃった学生とかね

これからはあらゆる分野の資源が減耗している していくので、人々は専門分化を制限せざるを得ない

億年寝たろう #79D/WHSg | URL
2011/02/22 11:54 | edit



12 ■Re:宗教としてのエコ

>リーマンさん
それは石油が出なくなっていることを誤魔化すための方便だから

一億年寝て過ごせたらいいよね #79D/WHSg | URL
2011/02/22 11:41 | edit



11 ■宗教としてのエコ

寝太郎さま
>まず「エコロジー」と呼ばれているものの一つ一つが本当に合理的なものかどうかよくわからない点、つまり宗教性を感じる点。そしてそれ以上に、「二酸化炭素」「地球温暖化」だけで満足して、わからなくても知ろうとしないで、それを恥じることも無く上を向いて正義の味方のように堂々と行動できる善良な市民に対する不信感。

 まったく同意です。エコロジーって宗教です。
(ところで、エコロジーは生態学の意ですから、環境保護主義とか環境とは別物なんですよね。ほんとは)

 あとはエコを活用したビジネスですね。

 本当に環境の事を考えなければいけないような状況であれば電気がどうのなどと細かい事はどうでもよい事です(節約する事を否定するわけではありませんが)。本当に環境の事を考えたら、同じく宗教的に否定されている原子力発電をもっと活用する事になるでしょう。そもそも、本当に環境の事を考えねばならない状況にあるのなら、「CO2排出権取引」なんて市場は出てこないでしょう。

 なんかよくわからないけど、他人に節約しろという自分の思想を押しつける、他人を自分の思い通りにさせる事のできる魔法の言葉「エコ」。電車の中で携帯電話の電源OFFを鬼の形相で強いようとする連中と同じにおいを感じます。なんかよくわからないけれど、そうしたほうがよいに違いないと盲信できる、お手軽な宗教。それを押しつける事がさも良い事であるかのように感じられる嫌な宗教。

 実害がなくても、合理性・理屈・根拠がなくても「そうすべきである」と他人に強いる事のできる概念。その一つがエコロジーです。

リーマン #79D/WHSg | URL
2011/02/22 08:51 | edit



10 ■MM

なぜ、寝太郎さんに自分が興味を引かれるのか?
根本的なことは何かと考えると思い至ったのは、
「自分の直観に自分で自分を誤魔化さず、自らの生活を丸ごと乗り出す真摯さ」であると思います。

またまた自分のかぶれているフラーのことを持ち出してうっとうしいかもしれませんが、彼もまたそうでした、自殺未遂の時に感じた「直観」にそれから後の全ての人生を丸ごと投入したのです、妻と幼い娘、無一文な無職の状態からです。

自分が感じる「センス」に耳を傾け、それに体を実際にかける人はこの世の中の非常に非常に少数派です。
だから、私は寝太郎さんを認めている反面、嫉妬しているのでしょうか。

MM #79D/WHSg | URL
2011/02/21 21:44 | edit



9 ■Re:補足

>MMさん
ということは、やはり一般大衆向けに書かれた本なのかもしれませんね。たぶん今議論をされても私の方の不足でちぐはぐになってしまうと思います。

昔は、自分の人生とは無関係に、読むべき本を決定できると思っていました。そうして、「どの本を読むべきか」と考えることに必死でした。
今は、自分に関わった人が紹介してくれた本が、ただ紹介してもらったという理由だけですごく特別なものに感じます。
これからもいろんな土地の大学図書館・公立図書館に立ち寄るはずなので、他の著書もどこかで読めるはずです。申し出ありがとうございます、大丈夫です。

毎年寝太郎 #79D/WHSg | URL
2011/02/21 21:00 | edit



8 ■補足

後、寝太郎さんの感想にもちょっと矛盾というか
引っかかるところがところどころありますね、時間もちょっとないので後ほどまとめてコメントするかもしれませんが、少し言うと
>結局、フラーの言う「包括的思考」が役に立つのは、そういう「専門分野」でしかないのだと思う。

これはどうでしょう、包括的思考は僻地で産業化されていないところで生きている全ての人が持っている、いや持たざると生きていけない能力だと思いますが。
寝太郎さんの今なさっている生活自体も、私から見ると非常に「包括的」です。
私は職場である限られた業務をこなすだけで得る金銭で、料理もしなくても、洗濯もしなくても、家も建てなくても、畑も作らなくても、バイクに乗れなくても生活できます。
しかし、寝太郎さんはそうじゃないのです、生活に関わる全方位的なことをこなさなければなりません。

最後にシナジェティクスは「クリティカル・パス」を読んでも分かりませんでした、私も
「コズモグラフィー」という本にしか、その内容は書かれていません(訳者の梶川さんに言わせると、それでさえ導入部にすぎないそうです)

MM #79D/WHSg | URL
2011/02/21 20:43 | edit



7 ■感想恐縮です

いや、ここまでのボリュームで感想を返していただいてびっくりです
寝太郎さんの批判精神もかなりのものだと思います
、特に「救いを求める・・・」あたりはかなり辛らつでいすが、グサリときました。

しかしながら、言い訳がましく言わせてもらうと、自分が読んだ本は「クリティカル・パス」「コズモグラフィ」という2冊の本と、後はネットでの情報、それと梶川泰司さんのブログだけなので、
寝太郎さんの読まれたであろう本は読んでないんです。
他の和訳の本は、あまりAmazonやネットでも評判は良くないらしいです、読まれた方の感想もただのユートピア主義やネオサイエンス系の本とさえ受け取られていたようです。

ただ「クリティカル・パス」を私が読んだ感想は、確かにフラーのいうように人類には全ての人を健康に豊かに(現代の日本のような浪費も含めた豊かさではないのですが)生存できるだろうと
信用させるものでした。

例えば、全世界の電力網をつなぐ電力グリッドのアイデアだけでも、劇的に必要な発電施設を減らせると思えますし(昼の地域の電力を、深夜のあまり使わない地域の電力でまかなえ、遊休設備が効果的に使われる)、他にも様々なアイデアがありました。

ただ、ご自分のことがどうなるか、しか興味が本当にないのなら、あまり私の興味を引くような事態は起こらないような気もします。
もし良ければお貸ししたいですが、住所が知られるのが御嫌かもしれないし、どんなものでしょうか?

MM #79D/WHSg | URL
2011/02/21 20:33 | edit



6 ■Re:3日前に

>まっくすさん
両側はホコリ被るくらい放置されてる感じの車でしたからね・・・
って・・・バレてる^^;
逃げなきゃ。

毎年寝太郎 #79D/WHSg | URL
2011/02/21 19:27 | edit



5 ■3日前に

このブログを知りました。

最初からとても興味深く読ませていただきまして、イザ何かコメントでも・・・  と思い今パソコンをつけたんですが、よりによってこんな難しい日にあたってしまうとは(笑)

寝太郎さんワールド、これからも楽しみにしています!


あ、ちなみに昨日リヤカー大丈夫でしたか?両側に停まってる車に張り紙されてましたよ。

まっくす #79D/WHSg | URL
2011/02/21 19:18 | edit



4 ■Re:Re:バラモスモドキ

>護鬼さん
たぶん私は自分の頭の中がごちゃごちゃなので、他人に伝える以前に、自分自身に説明することで精一杯なのだと思います

毎年寝太郎 #79D/WHSg | URL
2011/02/21 19:16 | edit



3 ■Re:バラモスモドキ

>小学5年生さん
ハッとして読み直しましたが、引用部分以外に難しい言葉は使ってません。ただ、一度読んだことがある人向けに書かれてますね・・・これじゃなんのこっちゃわからん。すみませんでした。

毎年寝太郎 #79D/WHSg | URL
2011/02/21 19:05 | edit



2 ■Re:バラモスモドキ

>小学5年生さん
ブログに関して思ったことを書くのは普通のことと思いますが思うに寝太郎氏はおそらく伝えたい事を書いているのではなく思ったことを書いているように思えますね。
氏の活動に興味を持った方が何人もコメントしていますがおそらく氏はカウンターも回らなくてコメントも書かれない状態でも思ったことを書き続けるのではないでしょうかね

護鬼 #79D/WHSg | URL
2011/02/21 18:48 | edit



1 ■バラモスモドキ

簡単なことを逆に難しく語ってどうする。
成人であなたほど時間を持て余している人は極わずかです。
本当に伝えたい事があるのなら、
世界を変えたいと思うなら、
人に伝わる言葉で書きましょう。

小学5年生 #79D/WHSg | URL
2011/02/21 18:41 | edit



コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

著書

カレンダー

カテゴリ