寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

世界の不思議  


昨日紹介した『Bを探しに』という曲。



歌の歌詞を解釈するのは野暮であると承知の上だが・・・

世界は不思議がいっぱいだから わたしのBを探しに行くの

まずは外的な世界の不思議さを認識することから始まる。そして探究の旅に出る。

時間はいつ始まっていつまで続くのか 空はどれだけ広いのか

時間と空間の問い、宇宙論の問いである。したがって物理学の問いである。

数万年眠っていた種だって ひとたび目覚めると綺麗な花を咲かすことができる 強い命の不思議

これはもちろん、生物学の問いである。

ある日わたしは気付いたの わたしも不思議に満ちている
わたしの中に広がる宇宙 わたしのBに気付いたの

そしてある日、探究者はある種の認識論的転回に至る。外の世界の不思議さを認識していると思ったら、実はその認識している自分こそが不思議なのだと。

かつて宇宙論を研究していた物理学者は「我々は広大な宇宙の謎について探究していると思ったら、結局辿り着いたのは我々自身の謎であった」と言った。宇宙が先か、人間が先か。

また、単なる物質的運動とは明らかに違うメカニズムが働いているように見える生命体の世界。「意識」がまさにこの生命原理の場において生じていることが単なる偶然と考えることは不自然である。むしろ「わたしの中に広がる宇宙」こそが万物創世の根源なのではないだろうか。生命が先か、意識が先か。

そうして、外的宇宙の中に意識存在があって「不思議だなあ」と思っているという世界像から一転して、「不思議だなあ」と思っている自分こそがその不思議の鍵を握っているのだと気付く。

この自然と人間の奇跡を肌で感じ、その奇跡に包まれていると感じるときが、人が最も幸せと安らぎを感じる一つの瞬間である。

頭が「生きる」ことに特化してしまうと、「生きる」ことに繋がること以上のことを考えられなくなる。不思議が不思議であることを忘れてしまい、世界に対して不感症になってしまう。


これとは少し意味がずれるが、『Bを探しに』の作者はこんなふうに言っている。

なかなか日常忙しくしてると目の前のことだけで大きな世界のことをついつい忘れてるというか、そういう風に過ごしていくことが多いですよね。でも、すこし大きな視点から見てみると地球という場所に生まれて、いろんな自然の恵みをうけて生きている、生かされている、と感じることができる。・・・偶然とは絶対思えないような、すごい関係が成り立っていますよね。
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