寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

蛇について  


意味、意義、価値、動機、目的、解釈、文脈、物語、それら全ては「生」から湧き出てくる。この宇宙に「生」が存在しなかったら、価値も目的も物語も何も存在しない。

自我や自己同一性を支えてくれているのは、今日何を食べたというような事実の羅列ではなく、私の名前は何々であるというような知識の集合でもなく、様々な文脈から成る物語の流れであり、その数々の物語の総元締めが「生」である。

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ある日突然蛇が現れて、その「生」を丸呑みしてどこかへ運び去ってしまう。

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すると残るのは、事実の羅列や知識の集合のみである。生活に意味は無くなる。いかなる文脈も意味も価値も物語も存在しなくなる。

さて、どうやって生きていったらいいのか。いくつか選択肢が考えられる。

まず、物語や解釈無しで、あるいは自己同一性を失ってバラバラになった個別的な物語のみで、バラバラのままに生きてゆく道。訪れては過ぎ去ってゆく事実や物語をあるがままに受け入れて生きる。

次に、自分の物語を外部からやってくる物語に委ねる道。家族や友人が、学校や職場が、テレビやインターネットが、あるいは宗教が、様々な意味付けや価値や目的や物語を提供してくれる。それに自己物語を同化させてしまう。そうして自己を超越した大きな「生」の一部分として生きてゆく。

最後に、自分で一から物語を描く道。そこにおいて、物語の描き方は本質的に自由である。目の前の現実に没入し「生」と一体化することで自然に得られる物語ではなく、能動的に描いた物語に生きる。生きることによって物語を描くのではなく、物語を描くことによって生きる。




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category: 彼岸
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