寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

文献アクセスという足枷  


大学院以降の研究では、基本的に「本」というものはあまり読まない。研究関係の本というのは、よほど議論や実証が積み重ねられて、その分野の定説のようなものができあがって、それでようやく本になる。なので、本に書いてあることというのは、古いし、粗いし、導入として、あるいは全体像を掴むにはいいのだが、自分が論文を書くためには直接的にはあまり役に立たない。

それでは何を読むかというと、当然、論文を読む。その論文も、学会誌に印刷されるまで待っていると何か月とか一年とかのタイムラグができてしまうので、だいたい電子ペーパーで読む。論文はその性格上、パッケージングの価値がゼロなので、本よりずっと昔から電子化が進んでおり、そもそも紙媒体が無い雑誌もたくさんある。

それではどこでどうやって電子ペーパーが読めるのかというと、もちろんものによりけりなのだが、学生や教職員など大学に籍がある人は、その大学の契約しているペーパー(あるいはペーパーをまとめているオンラインサービスなど)にアクセス権があるということになる。

さらに、学内サーバーからのアクセス権と、学外パソコンからのリモートアクセス権とでは事情が異なるらしく、僕なんか(籍はないけれどちょっとした仕事をもらっているような中途半端な立場、あるいは非常勤講師など)だと学内のパソコンからアクセスすれば論文を取得することができるのだが、学外からのリモートアクセス権はない。

学外からのリモートアクセス権があるのとないのとでは大違いで、それさえあれば山小屋に居ようが河川敷に居ようがチェンマイに居ようがプーケットに居ようが、どこでも研究室である。さらに言えば、大学という施設が文献の集積地として機能してきた側面もある以上、分野によっては、万人が電子ペーパーを読めるようになれば、万人が研究者になると言っても過言ではない。

金のあるなしで知識へのアクセスに不平等が生じてはならないという理念は昔からあって、電子ペーパーなどは誰でもフリーで読めるようにしようという動きもあるが、現状やはり、在野の研究者が手に入れられる文献には限りがある。

別に今現在僕自身が精力的に論文を書いているとかそういうことではないのだが、「トーキョー」という場所からどうしても身も心も完全に離すことができない理由の一つがそれである。リモートアクセス権があったら、どこかのんびりした田舎で畑を耕しながら論文をペロペロやるのが、どう考えたって理想的なのだが・・・。

関係ないが、2月4日立春に僕の大殺界が終わるらしいので、それまで何もせずに読んで食べて寝てゴロゴロして過ごしたい。




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