寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

小屋には戻りたくないと思った  


自分が思考の世界に籠り始めて、もうそのままそこに住んでしまいたい、そんなふうに念じていて気が付いたら小屋を建てて住んでいた。

けれども、その独我論的世界というのは、死についての想起の原因となり、結果となる。表裏一体の関係にある。


僕はもうひたすら、このことが怖い。哲学者という人種が本気で四六時中このことを直視して考え続けているとしたら、尊敬する。自分にはできない。

彼らと自分と何が違うのだろう。自分には言葉(可能性の世界)があるから怖いのかもしれないと思うときもあれば、自分には言葉が足りないから怖いのかもしれないと思うときもある。

この二、三か月、通院・療養生活を送っていた。少し頬がこけて痩せた気がする。不安になると思考がどんどん加速する。いろんなことを考える中で、「小屋には戻りたくない」ということも少し思っていた。またあの独我論的世界に戻るのはとても怖ろしく感じられた。

まあでも、結局、戻ってきた。

なぜ戻ってきたか。よくわからないが、なんだかんだ言って好きなのだろうと思う。

「なぜ」を逐一説明することにも、いい加減、疲れた。「好きだから」「嫌いだから」で全て片付けてしまいたい気分である。

僕はこれまで自分の「なぜ」を大切にしすぎてきた。説明しなければ自分が自分でいられなかったからである。労力を割いて自己物語を明示しなければ、やがて定型的な物語に呑み込まれて自分が失われてしまう気がしたからである。

しかし、最近は、そうした自他の境界がはっきりした「自我」と同じくらい、「安穏」を欲するようになった。

とにかく小屋に戻ってきた。どうやって生きてゆこうか。




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category: 彼岸

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