寝太郎ブログ

2月10日文庫本発売→『自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)』

ゲストハウスのひとこま  


薪拾いも水汲みもなく、エアコンの効いた部屋で半額弁当を食べる毎日。大殺界が明けるまであと5日。

もし僕が、全く知らない相手のことを知るために十の質問を作るとしたら、やはり「神(ないしはそれに相当する存在や概念)を信じるか否か」は必ず入るだろうと思う。けれども、神は、信じるか信じないか、それだけでいいと思うのだ。ロジックを以って誰かに納得させようとするようなものではない。

今いるゲストハウス、外国人のゲストがほとんどで、特に多いのがマレーシア人とオーストラリア人。理由はよくわからない。

夜明け前に僕が寝ようとすると、家族で来ていたマレーシア人のパパのアラームが鳴って、暗がりでよく見えなかったのだが、彼は体を起こして、そのままベッドの上で座っていた。翌日僕が、「朝は瞑想でもしているんですか」と聞くと、例のムスリムの一日五回のお祈りだという。たとえドミトリーでも欠かさないらしい。そうか、なぜ思いつかなかったのだろう。

それで、「あなたは何か特定の宗教を信仰してる?」「いや、何も。日本人はだいたいそうだよ」というようなお決まりの展開になって、まあボーっと話していたところ、「テーブルやパソコンは人間が作ったでしょう。じゃあ人間は誰が作ったの?」と一歩踏み込まれた。

率直、嫌だなあ、と思った。

もちろん彼は「神」という答えを持っているし、おそらく僕以前にも多くの人に投げかけてきたクエスチョンを軽い気持ちで繰り返しているだけなのだろうが、そこにほんの少し、「自分はただ信じているだけじゃない、ロジックを携えているんだ」という自負のようなものを感じた。実際はロジックなんてものとは程遠いのだが。そしてそれを目の前で披露されるということは、多かれ少なかれ論争を仕掛けられているに等しい。

僕だって人間や生命が物理化学の偶然的な反応から生まれたとは思っていない。それはどうしても無理がある。だからと言って、「この世に作れないものがあったら、どうして神が作ったことになるの」とか「そもそも神ってなんなの」とかいうような、不毛な、哲学や宗教学を一からなぞるような論争は誰も望んでいない。旅行者同士の会話において、踏み込んではいけない一歩だと思う。

こういうときは一体、どうすればいいのだろうか。そんなこと考えたこともないよというような顔で「I don't know.」と言うのが大人なのだろうか。




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category: 東京の日常

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小屋、河川敷、東京、アジア  


これまで東京に行きたいと思った時、いちいち寝る場所を探すのに大変だった。最初の頃は路上で寝たり、ネットカフェの時間と値段を細々と検索したり・・・。月払いのシェアハウスにいたこともあったが、一ヶ月先の予定まで決まって欲しくなかった。

今住んでいる東京のゲストハウスが一泊1000円台前半で、こういうのがあったらいいなと思っていたようなところ。沖縄なんかだと1000円くらいであるのだが、東京でも探せばいくつかあるもので。ありがたい。

気になっていたパーツが埋まった感じで、これで、小屋、河川敷、東京、アジアと、ほぼ自分が納得できるコストで、好きな時に好きな場所で生活できるようになった。

ちなみに都会で最も役に立つ「生きる術」は、スーパーの弁当・惣菜が半額になるタイミングを完全に把握することである。これで安く簡単にバラエティ豊かな食事がとれてしまうのが切ない。

そんなわけで最近は、民泊や旅館業法、シェアハウス、ゲストハウスを取り巻く状況にとても関心がある。民泊が完全に合法になるなら、僕も都内に東南アジアみたいな1000円くらいのドミトリーを経営したい。ただその頃には民泊とは名ばかりで企業が参入してくるだろうから、そうなるともう宿泊業界はわけのわからないことになりそう。

旅するように暮らすのはいいものである。あとは、もう定住するしかないと思わせてくれるような自給地との運命の出会いを、待っていないふりをしつつ待っている。




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