寝太郎ブログ

2018年12月6日雑誌発売→『kotoba(コトバ) 2019年 冬号』特集・孤独のレッスン

しあわせ  


僕はもう十分に幸せな時間を過ごしたし、それを思い出せば何度でも幸せになれるし、この先は幸せ自体を追い求めることなく、偶然出会う小さな幸せに立ち止まれるだけの時間があればそれでいい。

予定調和的な幸せは要らないし、幼年時代の時間の流れを無理に模倣するような幸せも要らない。何か別の文脈の中で、ときに幸せだったり不幸せだったりすればそれでいい。

この水準の生活をしている限り食いっぱぐれることはないだろうし、あとは、自分が本当に関心があることについて、あらゆる手段で以って勉強したり感じたり提言したりしてゆければそれでいい。つまり、死と孤独の問題に時間を使えればそれでいい。





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小屋には戻りたくないと思った  


自分が思考の世界に籠り始めて、もうそのままそこに住んでしまいたい、そんなふうに念じていて気が付いたら小屋を建てて住んでいた。

けれども、その独我論的世界というのは、死についての想起の原因となり、結果となる。表裏一体の関係にある。


僕はもうひたすら、このことが怖い。哲学者という人種が本気で四六時中このことを直視して考え続けているとしたら、尊敬する。自分にはできない。

彼らと自分と何が違うのだろう。自分には言葉(可能性の世界)があるから怖いのかもしれないと思うときもあれば、自分には言葉が足りないから怖いのかもしれないと思うときもある。

この二、三か月、通院・療養生活を送っていた。少し頬がこけて痩せた気がする。不安になると思考がどんどん加速する。いろんなことを考える中で、「小屋には戻りたくない」ということも少し思っていた。またあの独我論的世界に戻るのはとても怖ろしく感じられた。

まあでも、結局、戻ってきた。

なぜ戻ってきたか。よくわからないが、なんだかんだ言って好きなのだろうと思う。

「なぜ」を逐一説明することにも、いい加減、疲れた。「好きだから」「嫌いだから」で全て片付けてしまいたい気分である。

僕はこれまで自分の「なぜ」を大切にしすぎてきた。説明しなければ自分が自分でいられなかったからである。労力を割いて自己物語を明示しなければ、やがて定型的な物語に呑み込まれて自分が失われてしまう気がしたからである。

しかし、最近は、そうした自他の境界がはっきりした「自我」と同じくらい、「安穏」を欲するようになった。

とにかく小屋に戻ってきた。どうやって生きてゆこうか。





category: 彼岸
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置かれた場所で咲けない  


都市的な生き方であれ、自然的な生き方であれ、頭脳労働であれ、肉体労働であれ、研究であれ、芸術であれ、自分の過去に根を張って、それを土台に生きることができる人、置かれた場所で咲ける人は羨ましい。

僕は自分に見えないものしか見えない。自分が知らないものしか知らない。自分ならぬものにしかなれない。


自分に無いもの、ここに無いもの、目の前に無いもの、心に映る意識世界に無いもの、その最たるものが「死」だった。だから昔から気になって仕方がなかった。どこまでいってもまとわりついてくる「生」というものが鬱陶しかった。

しかし、ずっと「死」について考えていて、まるで現前しているかの如く考え続けていたら怖くなってしまった。昔から怖かったが、それでも必ず五分五分以上で「生」が勝り続けてきた。そうでなければならないのだ。

「生きる」ということは最終的には局所的な営為であって「置かれた場所」でしかできない。目の前にある食べ物しか食べられないのだ。

そうして今度は必死に、自分が生きた証、あるいは自分が生きている証を探し求める。今はようやく本が読める程度まで回復した。言葉というものは想像の世界への入り口である。一時は「想像すること」自体がこわかった。目の前にある現実世界にしがみつこうとしていた。

あっちに行ったり、こっちに行ったり、自然科学を勉強していれば自然科学では理解できないことばかりが気になり、生きていれば死が気になり、金があれば無い者に嫉妬し、そんなことばかりをしていて、結果、自分には何もない。





category: 彼岸
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時間が飛ぶ  


今日は草刈りをしていた。

ときどき、時間が飛ぶ。現在進行形で起こっていることがもうずっと前に起こったことのように感じる。あぁ、こんなこともあった、あんなこともあった、いろんなことがあった。

もう何日か後には死ぬような、というより、もう何日か後に何十年か後が迫っているような、そういう気持ちになる。昔からよくある。最近とかくよくある。

前は強がって、僕は強欲だから意図的にそういうことをするのだと書いた。確かに意図的に時間を飛ばすこともあるが、大抵は不可抗力的に時間が飛んでしまう。

それが悲しいとか嬉しいとか良いとか悪いとかいうことではないが、あえて言うなら少し静謐な気持ちになる。

それでも生活はしなければならないから、キッと時間を元に戻す。





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