寝太郎ブログ

死、書くこと、考えないこと  


 死ぬことが怖い。死ぬこと、つまり永遠の存在消滅。何を考えていても、結局、ここに戻ってきてしまう。もっと現実的に、どうやって生きてゆくか、という類のことを考えていても、次の瞬間には「そんなことはどうでもいいんだった」と、それまで考えていたことが死の観念によって一掃される。そして振りほどくように頭を空っぽにして、もぬけの殻のような時間を経て、また「どうやって生きてゆくか」と考え始め、ずっとこの繰り返しである。
 このことについて書いていいのか、書いていいならいつどのタイミングでどこに書いていいのか、書いたことを後悔しないのか、自分には全然わからない。けれども、この恐怖ないしは虚無という肉体的な実感を無視して何か考えたり書いたりしようとしても、なにもかもが断片的に感じられ、次の日には忘れてしまっているか、どうしてそんなことを考えていたのかわからなくなってしまっている。何かを書くときに一人称的な肉体感覚を話の糸口とすることは甘えだと思うが、そうでもしないと、些末なことも重大なことも何もかもがのっぺりと等価に感じられ、収拾がつかなくなってしまうのである。
 元来、死について考えることは、生きることを断片化してしまう。ずっと目的をもってやってきたはずの大小のことが、どこにも繋がっていないのだと知って、日常のあらゆる行為が、言葉が、バラバラになってしまう。生によって紡がれるはずの一つの物語を断片化してしまうのが死である。けれども逆に自分の場合は、まったく忌々しいことに、長く死について考え感じてきたので、少なからず死というものを幹として思考や行動が枝葉を広げてしまっており、「死について考えないようにすること」のほうが、自分の思考や記憶をバラバラにしてしまう。つまり自分は、死について考えようと考えまいと、どちらにしても、一つの整合的な存在として生きられない運命にあり、引くも地獄、進むも地獄、それがどうにも苦しい。
 書くことはひとつの救いである。なぜならそれがたとえ整合的でない、バラバラで矛盾したことでも、一枚の紙の上に、あるいは一冊の本の中に書けるからだ。それを持っていれば、いくらか安心する。
 最近ようやく少し読んだり書いたりできるようになってきたが、ずっと言葉を扱うのがしんどかった。せっかく頂いた大小の執筆の話も保留するしかなく、何か書けたら見ていただけますかと言ったきり。三冊目の本は無事に初版完売したようだが、増刷するほどの売れ方をしているわけでもなく、絶版ということになるだろうという話だった。寂しいものである。
 肉体感覚を思想的に昇華させることは、生産的な行動の一つであろう。つまり、「死が怖い」ではなく、「やがて死ぬことを知りながら生きている人間存在の矛盾」といった具合に。その矛盾は元を辿れば、人間が宇宙開闢の意識存在であると同時に、意識している自分を意識する神のような視点を持ちうることの矛盾であり、さらにその矛盾を見つめてゆくと単なる人間の認識のみに関わる(認識論的な)矛盾ではなく、世界そのものの(存在論的な)矛盾へと繋がっている。少なくとも矛盾した我々は、ただそこにありのままに存在している単一の世界というものがどういうものか想像することすらできない。古今東西の哲学はこのことを手を変え品を変え言っているものと理解している。しかしそうして思想的に遠くまで行って何か生産的なことをした気がしても、次の瞬間には、以前とまったく同じ場所ー恐怖と虚無ーに佇んでいることを見出して呆然とするのだ。
 「生産的な行動」の虚しさに打ちひしがれると、負の感情の渦に引きずり込まれる。物事を人生の内部の問題としてしか理解しない世間に対する絶望のような寂しさのような気持ち。自分の人生、あるいは他人の人生の「内容」が、良いか悪いか、恵まれているかそうでないか、幸せか不幸か、成功か失敗か、そういう物語語しか話さない世間に対して感じる孤独な気持ち。あるいは、それと相反するようではあるが、強迫的に死について考えてしまう原因はやはり自分の人生の内部にある(あった)のではないか、といった自己否定、後悔の類。大きすぎる生を戒めるために虚無が膨らみ、いくつかの要因によって生が萎んだとき虚無だけが残ったのではないか。しかし、仮にそうであったとしても、つまり、自分の生き方が間違っていたから死について考えてしまうのだとしても、それでもなお、死の問題、永遠の存在消滅の問題は、厳然として残っている。生き方が正しいかどうかなど、そんなことはどうでもいいのだ。いやしかし、この肉体的な苦痛の原因は死の問題そのものに起因してはいないだろう。何らかの現世的な理由があったはずである。いや、自分個人の人生の内容が苦痛であるか否かなんてどうでもいいのだ。やはりいつか死んでしまうのだから。いや、さしあたって生きてゆくためにはそのどうでもいいことが重要なのだ。そのどうでもいい「人生の内容」を良くしようとすることが唯一の生きる術なのだ・・・堂々巡りである。
 最近はよく東京でウーバーイーツというフードデリバリーの自転車を走らせるようになって、これが一つの逃げ場になっている。自分には、この仕事が良いか悪いか、つまり労働条件がどうとか、フードデリバリーが来るべきインフラのひとつとなるのかとか、これをすることで世界が良くなっているかとか、そういう難しいことはよくわからない。ただ、依頼を受けて自転車で走っている時は何も考えなくてよくて、それがものすごく気持ちいい。お金が増える増えない、どのくらい効率的に増える、という単純なことを考えているのも、何も考えていないのとほぼ同じで、気持ちがいい。本当に危険なくらい気持ちがいい。家に帰ってシャワーを浴びて一段落すると、また走りたくなり、明日になるのが待ち遠しいとすら思う。「何も考えない」ということをこんなにも求めていたのだなと実感する。
 「何も考えない」ことが自分の抱える問題の解決にならないのはよく知っている。むしろ「何も考えない」ことを万能薬のように称揚する仏教的なるものにはずっと反感を覚えてきた。ただ自分の場合は、解決のない中でそれでも生きてゆくための現実的な方法として、つまり対症療法として、あるいは道具として、今はなるべく何も考えない時間を作らなければならないように思う。自分は無趣味なもので、趣味に没頭するような「何も考えない」時間を作ることがとても難しかった。だから「良い趣味ができた」とも言える。頭を空にして核心的な問題を考えないようにするために、これまで様々なアルバイトや畑、歩くこと、数学といろいろ試してはやめてしまっていたが、果たして今回はどうなるだろうか。
 走っていると気持ちがいい反面、止まるのが怖い。依頼が来ないときは闇雲に走り回っても仕方が無いので止まることもあるのだが、そうするとこれまで猛スピードで動いていた風景が静止し、ずっと耳を覆っていた風切り音が止み、血の巡りの良くなった体だけがただそこにポツンと佇むことになる。そうするとまたいろいろと考えてしまう。
 自分は、日常が欲しいのだ。そして日常を見失ったとき助けになるのは、たくさんの人が同じ日常を共有しているということ。自分もその共有された日常の波に無意識に乗っているということ。自分が小屋暮らしを続けられないと思った最大の理由。自作小屋の暮らしは、自分一人の意識が、自分一人の日常が、自分一人の正常さが、すべてである。それが崩れたときにすがるものがない。これを弱さだという人は、本当に目の前がグラグラした経験や、思考そのものに吸い込まれるような危機を覚えたことが無いのだろうと思う。もちろん、他人と共有された日常も盤石ではない。けれども、生きてゆくには、「考えることをやめる」「他人の意識に身を委ねる」といったような非本質的な助けが必要なのだ。
 春も幾日か小屋へ帰った。いつも通り小屋の内外をきれいにして、湧き水でコーヒーを飲み、来し方行く末を思い、静かなロフトで深く眠って、そして東京へ戻ってきた。特筆すべきことはなにも無い。宿泊費無料の小旅行と思えば最高であるが、そこには「暮らし」としての矜持は無い。そういえば、バイクの整備マニュアルを購入し、徹底的にバイクを直すのが春のメインイベントとなる予定だったが、肝心のマニュアル本を東京に忘れてきてしまった。なんだか最近そういうのが多い。前はそういう類のミスは滅多にしない人間だったのだが。
 僕はとにかくゆっくり生きてゆきたい。「ゆっくり生きてゆくことで得られる何か」を謳うつもりは毛頭なくて、忙しくしている人は忙しくしている人で充実しているということはよくわかる。けれども、自分には向いてないと思う。自分には、節約しながらゆっくり生きてゆくのが性に合っていて、将来的にも田舎か都会かはわからないが、そういう生活をしたい、そういう生活しかできない。




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Uber Eats(ウーバーイーツ)配達員の登録方法とキャンペーンについて  


(2020年2月現在の情報です)

 アプリをオンにすれば仕事開始、オフにすれば終了。ウーバーイーツのメリットはこの気楽さに尽きる。仕事内容が飽きない程度に単純であること、濃い人間関係が無いことなども、ウーバーの特徴。

・案ずるより産むが易し

 仕事自体は拍子抜けするくらい簡単で、案ずるより産むが易し、とりあえずやってみたほうが早い。オンライン登録してパートナーセンターにバックを受け取りに行けば、その日から配達可能。アプリをオンラインにして待っていると、依頼(リクエスト)が来るので、お店に行って、商品を受け取って、注文者さんに渡しに行けば終わり。

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・収入

 都内中心部、自転車で、一日数時間、臨時クエストを拾っていくやり方だと、時給は2500~3000円程度。
 参考までに、2019年11月・12月の僕の数字はこんな感じ。

【11月】
平均時給:2531円
一件あたり売上:682円(クエスト含む)
一件あたり売上:427円(クエスト除く)
一時間あたり件数:3.71件

【12月】
平均時給:2782円
一件あたり売上:773円(クエスト含む)
一件あたり売上:477円(クエスト除く)
一時間あたり件数:3.60件

 以前はフルタイムでやることにあまり旨味が無かったが、2019年12月に入って報酬体系が変わり、ピーク時間帯だけ稼働するやり方でも、フルタイムでやるやり方でも、どちらでも良い効率で稼げるようになった。
 ただ、報酬体系は朝に令して暮れに改むといった感じで、翌日はどうなっているかわからないくらいコロコロ変わる。

・準備すべきもの

 自転車かバイク。一長一短だが、自転車のほうが圧倒的に多い。docomoのレンタル電動自転車(通称赤チャリ)は月額4000円だが、数が少なかったりバッテリー残量がなかったりで、場所によっては使える自転車を探すのが大変。
 バッグはかなり大きいので、中で商品が倒れてこぼれたりしないようにうまくスペースを埋めるような緩衝材なり梱包材なりが必要(僕は100均の保冷バッグ2つと梱包材のプチプチを何枚か使用)。
 自転車やバイクにつけるスマホホルダーもほぼ必須。スマホの着脱が容易なものがよい。
 現金払いを受け付けるなら、釣り銭。
 雨の日も稼働するなら、レインコートやスマホの防水ケースなど。

・35日間のボーナス

 最初の35日間で10回配達すると500円、50回配達すると3000円、100回配達すると7000円、130回配達すると11000円の追加収入がもらえる。登録日ではなく初回配達日より35日間。
 

-------------------- 仕事開始後のTIPS ----------------------


・いつ稼働するのが稼ぎやすいか

 いつどこで注文の数が増えるのかを予測することはある程度できるが、自分以外に無数にいる配達員もそうした予測を織り込み済みで動くので(効率的市場仮説のようなもの)、自分に依頼(リクエスト)が来るかどうか(いわゆる「鳴る」かどうか)を予測することはかなり困難。ただ、大まかには平日より休日が鳴りやすく(ただし平日昼はオフィス街が吉)、昼食と夕食時も鳴りやすいので、一日二~三時間の人は休日やピーク時間帯に稼働すると効率的。
 その他、(1)都心と僻地。一長一短だが、やはり安定しているのは都心。(2)昼間と夜間。昼間はファストフードの近距離ドロップ、夜間は個人経営レストランなどの遠距離ドロップが増える傾向にある。

・保険について

 ウーバー業務中は賠償・傷害保険に自動的に加入(ただし、ウーバーに事故の報告をするとアカウント一時停止、永久停止の警告が来る)。業務中とはリクエストを受けてから配達完了するまで。それ以外の待機時間は補償されない。僕は業務外の時間帯のためにau損保Bycle(ブロンズ)、月額340円に加入している。示談交渉サービスとロードサービスはついているが、弁護士特約はついていない(もらい事故の時に便利)。業務中の事故は補償されない。業務中まで自分の保険でカバーしたかったらそれなりの法人用保険に入る必要がある。LINEや楽天にも格安の自転車保険があるが、ウーバーの待機中が「業務中」と見なされるか「業務外」と見なされるかによって、保険が適用されない場合がある。

・カロリー消費とハンガーノック対策

 ごく普通の自転車を普通のスピードで漕ぎ続けたとして、一時間あたり300~400kcalを消費する。ダイエットしたい人にはいいが、ハンガーノック対策は万全に。(僕は砂糖とクエン酸でエネルギードリンクを自作)

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・配達員のデータ

応答率・・・依頼が来た時に拒否せず引き受けた比率
キャンセル数(商品ピック前)・・・依頼を引き受けてから何らかの理由で商品ピック前にキャンセル
キャンセル数(商品ピック後)・・・依頼を引き受けてから何らかの理由で商品ピック後にキャンセル
評価・・・お店及び注文者からのGOOD評価の比率

 これらのデータが配車にどう関係しているかは明らかではない。ただし、キャンセル数が上がるとアカウント停止の可能性あり。特に商品ピック後のキャンセルは数回でアカウント停止の可能性あり。
 効率良く配達を続けるにはロングピックに対して拒否ボタンをうまく使うのも大事。ただし、応答率と配車の関係も不明。
 配達員に落ち度が無くてもBAD評価をもらうことは必ずある。お店の梱包の不備のせいで料理がこぼれて破損BAD、お店で待たされたことによる遅延BAD、理由の分からない謎BAD等々、いわゆる理不尽BAD。BADは運営に言っても覆らない。

・配車アルゴリズム

 基本的に配車アルゴリズムは明かされていない。確かなのは自転車登録者よりバイク登録者にロングピック・ロングドロップが割り振られやすい、ということくらい。

・雨の日

 天気予報の雨量に基づいて1配達当たり100円~300円程度のインセンティヴ(ボーナス)がつく。インセンティヴがついても、雨の日は配達員が減り、注文が増え、結果的に依頼は増える。配達員が少ないからかロングピックが多くなる。注文者さんから労いのGOOD評価をもらえる確率が高くなる(体感で晴れの日の2倍~3倍)。

・ダブルピック(二件同時配達)

 1つの依頼を受けた後、その商品をピックするまでに、同じお店から重ねてもう1つ別の依頼があることがある。ダブルピック(二件同時配達)と呼ばれる。配達員は2つの商品を受け取って、それぞれ別の場所に届ける。2つの届け先は互いに近いこともあれば、お店から見て真逆のこともある。どちらを先に運ぶかはAIが決める。後になったほうの届け先は、配達予定時刻から大幅に遅延するが、注文者が支払う配達料は変わらない。したがって、事情がよくわからない注文者からは遅延によるBAD評価をもらう確率が高くなる。
 ダブルピックを受けるか否かは、配達員が決められる。よく鳴っているときや雨の日はあえてダブルピックを受けないほうが注文者さんに迷惑をかけずに済み、したがってBAD評価のリスクも抑えられる。
 新人さんで1件ずつ落ち着いてやりたいという人は、1つ依頼を受けた後に「依頼の受付を停止する」ボタンを押しておくとダブルが鳴って混乱することはない。

・ウーバーイーツ必勝法

 事故を起こさないこと。





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