寝太郎ブログ

『わら一本の革命』福岡正信  


自然農法 わら一本の革命健全な作物を作れば、人間が農薬を使わねばならないほどの病気や害虫は発生しない。耕作法や施肥の不自然から病体作物ができ、自然がバランスを取り戻すための病害虫が発生し、消毒剤が必要になる。

肥料も農薬も機械も、わざわざ人間がそれらを必要とする条件を作ってきた。余計なことをするから、さらにしなければならないことが増えて、雪だるま式に膨れ上がったのが近代農業であり、近代化の全てである。何もせんのが一番いい。
「自然」というのは、余計なことをしないこと。だから、自然農業や自然食というのは、最低の労力と費用でできるはずだ。

こうした著者の考えの真偽や成果など、営農上の細かいことは僕にはよくわからない。
しかし、「健全な作物は敵か味方か」「農業に自然本来のバランスは存在するのか否か」などの点において、先日紹介した『病気はなぜ、あるのか』とコントラストを為していて面白い。

僕の机上論では、福岡さんが、農業という営み自体がずいぶんと不自然なものである、ということを忘れているだけのように思える。「口にするものの自然さ」を言い始めたら、狩猟採集の時代に戻らなければならない。
餓死の恐怖から逃れ、食の安定を得ようとした不自然さの代償は、農薬であれなんであれ、あって然るべきで、「妥協点を見出して毒を口にしてきた」という進化的観点のほうに分があるんじゃないだろうか。

著書の半分くらいは、農業に関する思想を一般化したもので、こちらははっきりと胡散臭い。
筆に勢いがあるのは、立脚点からして問題を避けているせいだろうと思う。つまり、人間は自然の一部であるという、最も怪しげな公理を掲げ、数々の結論を導き出している。
たとえば、偉大なる自然のことなど、その一部である人間にわかろうはずもない。それを専門分化された科学者がわかったような顔で部分的にいじろうとするから、今度は別の箇所に歪みが生じて、どんどん悪いほう、面倒なほうへと転がり落ちていく。
「分かる」というのは「分ける」に過ぎないんだ。人知は分解された自然の近視的把握でしかない。それは本当に知っているということじゃないんだ。
人間の体も、反自然的になると、反自然的なところでバランスをとらなくちゃいけなくなって、科学により分解して理解された反自然的な模型としての体のための食生活になり、しまいには不健康なものをおいしいと感じるようになる。
争いも、動物のような争いに留めるべきで、戦争は不自然だ。
・・・といった具合。
そして、食と農に関して一つの回答をしたうえで、今度は「一事が万事だ」といって、普遍思想に戻す。そうすると読者は一般的な真理が得られたかのような錯覚に陥ってしまう。

僕は、人間というのは不自然で異様な存在だと思う。
死を知った人間が、より生を確実にしようと自然の一部を固定して支配しようとしたのが農業ならば、田畑に生命の輝きどころか死臭が漂っていてもおかしくはない。
それが出発点で、それを無視することはできない。

人工物に反発して、自然的な生き方、より動物に近い生き方を薦める著作ってすごく多い。それらをどうも冷めた目で見てしまうのは、自然を見すぎて人間を見ていないからだ。言葉や科学で事実を切り刻み時間を止めようとする人間の「異様さ」を、独断的に間違いであると決めつけるからだ。
生きているうちに畑やりたいなぁとは思うけど、自然の循環に身を投じて「これが生きることだ」という大いなる勘違いをしたくはない。

ただ、この提案には一票入れておきたい。
一反で、家建てて、野菜作って、米作れば、五、六人の家族が食えるんです。自然農法で日曜日のレジャーとして農作して、生活の基盤を作っておいて、そしてあとは好きなことをおやりなさい、というのが私の提案なんです。
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10万円で家を建てて生活する寝太郎のブログ

ストーブの熱を湯たんぽに入れて取っておくことを3年間思いつかなかった。




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『日本人は何を食べてきたのか』  



『日本人は何を食べてきたのか』 永山久夫


この本には、今では家庭に一般的にあるどの調味料も、ごく最近まで貴重品であったという事実が平易な言葉で示されている。一番うまくて、そして体にとって重要なものは、多くの人の試行錯誤の末に大量生産されるようになった。だからこそ、現代ではわずかな食費で、十分においしく、そして十分に栄養のある食事が摂れるのだと思う。


スーパーで一番安く、一番大量に売っているものは、一番おいしく、一番必要で、一番歴史のあるもの。


【塩】
海水を煮詰める(縄文)→海草から採取(弥生)→塩田、天日蒸発(平安)→干潟での塩田(室町~昭和)→海水の電気よるイオン交換膜法(現代)。乾燥、低温と並ぶ食物の保存法としての塩蔵が、漬物文化を形成。江戸時代以降に庶民に定着したヌカ漬けに対し、塩漬けは古来からあった。


【醤油】
日本で穀物原料の「醤」が本格的に作られるようになるのは、大和朝廷の時代。現在の醤油の元祖は、鎌倉時代の「溜」で、味噌を作る過程で桶の底にたまる旨みのある液体のこと。かつては「むらさき」とよばれ、高貴な調味料とされてきたが、江戸時代頃から各地で広く製造されるようになり、明治以降には大量生産により全国に普及。


【味噌】
元を辿れば醤油と同じ「醤」。古くは「未醤」と書き、未だ「醤」にならない半固形の物体。平安時代まではそのままなめて食するものだったが、鎌倉時代から汁物にも利用されるようになる。味噌は製法が簡単で安価だっため、庶民の調味料として醤油よりも早くから定着していった。江戸初期までに、吸い物は味噌ベースの味噌汁と、醤油ベースのすまし汁の二種に分けられるようになるが、醤油のほうが圧倒的に貴重品であり、味噌汁のほうが一般的であった。


【甘味】
世界でも日本でも、砂糖の製法が確立される前、主に蜂蜜や水あめ(でんぷんを多く含んだ食材から作る)などで甘味をとっていた。平安時代、室町時代、江戸時代と、砂糖は輸入でのみ手に入る貴重品であり、食用というより薬の類として用いられていた。江戸時代の後半、ようやく黒糖作りが琉球に広がる。





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