寝太郎ブログ

2018年12月6日雑誌発売→『kotoba(コトバ) 2019年 冬号』特集・孤独のレッスン

心ここにあらずの日々  


・アパートを借りた

今年に入ってから都心にアパートを借りた。家賃32000円、洗濯は手洗い、給湯器があるのでシャワーを自作した。

自分の自作小屋は、社会の物語とは切れている。だから、小屋という日常生活がそのまま自分一人の脳内である。したがって、自分の中で時間が止まれば生活全体の時間が止まってしまうし、自分が悲しければ生活全体が悲しくなるし、邪魔がない代わりに逃げ場もない、そういう場所である。何かを根詰めて考えたときにリフレッシュすることができるような「日常生活」がない。

では、都会の暮らしはどうかというと、空虚である。小屋で暮らしている時よりもずっと空虚である。確かに多少の逃げ場はあるかもしれないが、逃げれば逃げるほど自分が自分であるという感覚がなくなる。何から逃げるのか。「自分の死」と「他人の悲しみ」である。逃げている限り、何をしていても他人事のようである。心ここにあらず、現実感なく、ぼんやり生きている。

つまり、第一に、自分自身であることは苦痛であり、第二に、自分自身でなければ虚ろである。そして、第三の選択肢はわからない。


・バイトを始めた

部屋なんぞ借りてしまったので、仕方がないからいくつか不定期のバイトを始めた。

清掃のバイトは最も自分に合っている。清掃は、無心でできるわりに同一工程の反復のような単純作業でもない。また清掃は、金持ち相手のしょうもない商売ではなく、食糧生産や医療と同様、かなり原始的なレベルで必要とされる仕事である。

他に、ストレスしかない仕事もある。会社というのはなんにせよ、営利追求集団である。あの笑顔も、あの情熱も、あの言葉も、全部「ビジネス」が背景にあるのだ。ビジネスマンと付き合うのは虚しく、そして心底疲れる。そもそも自分は「こんな仕事必要ない」から始まるので、仕事も人間関係もうまくいくはずがない。それでも顧客や関わる人々が喜んでくれればと思ったが、自分は人間にモテないし、自分には他人に分け与えられるような熱量はないのだと思い知った。今は何も期待せずにやっている。


・年齢が進んだ

自分には、いわゆる青年期、中年期、あるいは壮年期というものがほとんど無かったようにも思う。少年期が終わるかなと思っていたら、老年期の入り口が見えていた。自分は昔から、周りが妙に大人びて見える傾向にあり、つい最近までは20歳以上の人はみんな自分より年上に見えたものだが、この頃は外見においても内面においても、ああ自分はもう若くないのだと感じることが多くなった。そんなことを思っていたのも束の間、もう若くないどころか、60代くらいの人はみな、僕よりよほど自分の心身に自信を持っているように見える。

年齢が進むにつれて自分ができることの可能性が狭まり、若い頃のように「なんでもできる可能性」に惑わされることが少なくなった。これとこれをやってきた、したがって、これとこれをやって生きていくしかない。数論を一から習得して何か定理でも証明できればただ生きるだけではない素敵な人生になるかもしれない、というような馬鹿なことを考えることもなくなった(実はかなり最近まで気が付くとそういうことを考えていた)。老年期とは何かと言えば、そうした衰えや、可能性の狭まりや、虚無感などに抗っていた中年期をこえて、それらと一体化していく過程だろうと思う。


・小屋で暮らす

小屋は「いつでも帰れる場所」だということをよく書いてきたが、具体的にはどういう意味だろう。もちろん経済的な意味もあるが、どちらかというと「精神的なスイッチを切って無になれる場所」という意味である。しかしこれは、スイッチオンで走り続けなければならない場所に対するアンチテーゼとして初めてありがたみがあるもので、生活と人生の全体を長く小屋に閉じ込めてしまうと、スイッチを切る意味もなくなる。人は全き無のうちに生きることはできない。そういう意味で、僕は小屋へ帰ることが怖いと思う期間がかなり長くあった。

・・・などと言いながら、最近また小屋に帰ってきて水を汲んだり土をいじったりなどしていると、すこぶる体調がいいから困ってしまう。体調だけではない。頭も冴えてくる。静かな夜には考えがスルスルとまとまってくる。寝つきもいいし、寝起きもいい。あの首や肩のだるさはいったいどこへ行ったのだろうか。逆に都会で生活していると、便利で快適なはずなのにどうしてあんなに体調が悪いのか不思議である。


・畑を耕作した

ジャガイモ40kgを500平米に植え付け、大豆も350平米播種。草刈り機があるのになんとなく鎌で草刈りを始めてしまい、気が付いたら一反の除草を終わらせていた。なんとなく始めたときに軍手をしていなかったので、これまた最後まで素手だった。手が傷だらけである。こういう馬鹿なことをたまにやってしまう。自分の素手がどこまで耐えられるのか楽しんでいるような気もする。

近所の人が言っていたが、大豆を枝豆の段階で収穫するのは簡単だが、大豆まで待つのは虫や病気のせいで難しいらしい。考えてみれば大豆は人でいう老年期だが、枝豆は青年期なので、健康で元気なのだろう。今年もなるべく枝豆の時期に収穫してしまおう。

枝豆は連作できないらしいので、昨年枝豆やった場所をどうするか迷った。ジャガイモは何度か土寄せしたほうがいいくらいで、そんなに手間がかからないだろう。収穫後の鮮度保持もシビアではないので、ある程度ストックしてから発送できるのが良い。ただ、ホームセンターで買うと種芋代が馬鹿にならない。サツマイモやサトイモは放置可能だが、やはり種芋(蔓)代が馬鹿にならないし、どちらも大量に食べるものではない気がする。大根は真っ直ぐにならないし、重量比単価が安く通販には向かない。トウモロコシは背が伸びるので昨年強風で倒れた。この中だったらジャガイモだろうか。種芋もネットで比較的安く手に入る。というわけで今年のラインナップは枝豆&ジャガイモ。オクラ、インゲンも少しだけ播種、ナス、トマト、かぼちゃは自給用にそれぞれ苗を一本だけ植えた。


・書くこと

何の予定も目標もないが、相変わらず何になるともわからない文章を書いている。思いつくままに断片を書き連ねてストックしてゆくのはあまり良いことではない。そうして積み重ねた断片的な言葉の大半は、結局何にもならない。いつかまとまった文章を書くときに材料になるかと思いきや、断片的な言葉の蓄積のせいでむしろ筆が重くなることすらある。書くときは、茫洋と書くのではなく、なるべく目的をもって最初から何かの形にするつもりで書いたほうが良い。わかってはいるのだが、昔からの癖で何になるともわからない断片を書かずにはいられない。吝嗇と書くことは、全く治らない。

最近よく考えていることは、自分の虚無の根源は何なのか、必然なのか偶然なのか、ということである。虚無は、人間存在そのものから必然的に生ずる問題なのだろうか。ずっとそう思っていたのだが、最近は、実はそうでもないかなと思うところもある。生死の問題を突き詰めて考える人でも、「虚無に陥る」という事態を免れているように見える人はたくさんいるからである。そういう人と自分との違いは何だろうか。虚無は「生き方」の問題ではない、と言い切れるほど、自分は清く正しく生きてこなかった。だから、自分の境遇であるとか、生活環境であるとか、人間性であるとか、過去の行いであるとか、時代背景であるとか、精神状態であるとか、思考過多であるとか、「いま」「ここ」の実存的態度を欠落させる偶然的な要因を逐一紐解いていって、虚無の根源をはっきりさせたいのである。こうして思考することや書くことが、自分の頭の中の時計を止めて、余計に虚無に結び付くのだと知りつつ、この数年間、不安に駆られて夜な夜な書き殴っていたのは、ほとんどその種のことである。

そもそも、今この瞬間に身に迫る虚無を感じている人、自分の頭の中から出なければ気が変になりそうな人ってどのくらいいるのだろうか。現実社会ではそんなことを話す人は滅多にいないし、逆にインターネットでよく流れてくる言葉は妙に軽く聞こえることがある。どのくらい真摯なものか判断がつかない。総じて、どのくらいの人が、どんな種類の虚無を、どの程度感じているか、全く判断がつかない。まあ、他人のことは置いておいて、とりあえず、自分である。自分が生きてゆくために、自分の虚無について考えなければならない。





category: ■未分類

コメント


おおむね同意できる

おそらく誰もが虚無を無意識に感じている中、達成感や義務感に覆いつくされて、問題視されていない。だからこそ虚無をテーマとして取り上げないんだろう。

No Name #- | URL
2018/08/20 15:47 | edit



虚無から逃れるために。。。
 気晴らしをする(パスカル?)
 オリンピックや祭りをする
 シュヴァルみたいに年中創作をする(娘に喜んでもらうのためとか?)
日本人みたいにワークシェアするくらい仕事を増やす

いろいろ考えさせてもらいました。ありがとう。

リゾートマンションオーナー #- | URL
2018/08/02 00:01 | edit



虚無

寝太郎さんも虚無を感じている。少し自分のことを書いてみる。
自分は父親が厳しかった。父親には愛着を持てず、全くの他人のような感覚だった。家にいても、他人の家にいるようで、家に居場所がないと感じていた。早く家を出たかった。他県の大学に受かって、一人暮らしを始めた時はとにかくうれしかった。でも、徐々に、一人でいることに落ち着かなくなっていった。人づきあいが苦手なのに、人を求めるようになった。でももちろん、苦手なものだから人と接すると失敗ばかりする。だから一人で籠る。すると虚無が襲ってきて落ち着かなくなる。うまくいかず、どんどん自暴自棄になった。
大学を卒業して、働くようになったが、やはりむなしい。給料がもらえたのは多少はうれしかったが思ったほどでもなく、特にそれで買いたいものもない。でも、職場である女性と出会えた。その女性といると、気持ちが満たされた。人づきあいが苦手な自分でも、ありのままで受け入れてもらえ、初めて愛着を感じた。そして結婚し、子供が生まれた。子供は弱い。自分がいないと生きていけない。子供の世話をしていると、自分が必要とされていると感じ、満たされる。
仕事なんか好きではない。別に欲しいものはないので、利益も追及してなんかいない。でも、子供を世話するためにお金が必要だ。仕事での笑顔も、情熱も、言葉も、子供を世話するために作り出す。そして疲れて帰って、子供の寝顔を見ると満たされる。その瞬間だけは虚無が消える。
自分が思うに、虚無があるからこそ、人は人との接点を求め、結婚して子孫を残していくことにつながるのだと思う。これが、人づきあいが苦手な自分には重くのしかかってくる。
自分の「虚無」と寝太郎さんの「虚無」が同じ類のものとは限らないし、その深みも違うものではあろう。でも、自分の虚無はそんなところだ。

ドングリ #pYrWfDco | URL
2018/07/30 21:04 | edit



B-LIFEの資格取得法

寝太郎さんへ
今度、
宅建を受ける予定ですが
寝太郎さんは、
どのような参考書を使い、
どのような対策で試験に受かったのでしょうか?

宅建合格へのアドバイスをお願いします。

new #- | URL
2018/07/14 18:55 | edit



寝太郎さんのBライフは終わったんですね。

No Name #- | URL
2018/07/11 02:28 | edit



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# | 
2018/06/24 20:46 | edit



僕は札幌でアパート共益費込みで 月16500円の部屋に暮らし5500円の中古自転車の足を持ってます。
寝太郎さんのサバイバル生活を参考にしていたのですが 寝太郎さんが32000円もするアパートに住んで瞬間湯沸かし器を使ってるなんてビックリです。
しかも仕事をしてるなんて!

札幌なので冬が大変なので沖縄の方に冬だけは生活しにいけばよいと思ってます。

いつも寝太郎さんの生活がモデルです。

是非6畳一間のアパートで経済的に暮らす方法を構築していただき
参考にさせてください。

すすきの大好き #- | URL
2018/06/16 18:24 | edit



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# | 
2018/06/06 08:42 | edit



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# | 
2018/06/04 22:12 | edit




よかった

生まれて生きて死ぬ

だれにとっても当たり前のこと

でも

生きている間は素晴らしいことがあって

それを感じることができます

ただし #- | URL
2018/05/24 16:41 | edit



こんにちは。以前から読ませてもらってます。
数論のくだり、笑いつつどきどきしました。
私もそんな感じです。(もっと容易な分野ですが)

堆肥 #- | URL
2018/05/20 19:29 | edit



寝太郎さんこんばんは。
ちょっとシェアしたい一節を見つけました。


>目覚めると、思考に呑み込まれて自分を失うことがなくなる。
思考の背後にある気づきが自分だとわかる。
すると思考はあなたを振り回して指図をする利己的で自律的な活動ではなくなる。
思考の代わりに気づきが主導権を握る。
思考はあなたの人生の主役ではなくなり、気づきに仕えるようになる。

目覚めとは、普遍的な知性と意識的につながることだ。
言い換えれば「いまに在る」こと、思考なしの意識である。



過去や未来を思い、思考に呑み込まれるなら虚無にさいなまれるのは必然だと思います。



ただし #P/yuRyQg | URL
2018/05/19 22:26 | edit



第三
苦しみを滅することができれば解脱である

eg #l.rsoaag | URL
2018/05/15 18:41 | edit



ブログの更新記事を読めて嬉しいです。
さらに長文だから、その嬉しさも増しますね。

寝太郎さんの著書も全て読みましたが、このブログももう3周くらいしてしまうくらい好きで、いつも読んでいます。

またご無理のない程度に、ブログの更新お願いします。

キキダダ #- | URL
2018/05/12 16:31 | edit



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2018/05/05 18:03 | edit



メールに送ったのですが、川辺にテント持って行って、一泊しても

いいでしょうか?夏期なんですが

sato #- | URL
2018/05/04 21:24 | edit



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# | 
2018/05/04 19:40 | edit



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