寝太郎ブログ

中島義道がヒーローであるわけ  


※中島義道を読んだことがない人はなんのこっちゃわからないかもしれません


大学時代、自分が哲学科を志望したとき(東大の場合は入学時ではなく3年になるときに学科が決まる)、周囲の人間は怪訝な顔をした。自分の場合は理科二類から転部したので尚更だった。

宇宙が存在すること、時間が流れていること、意識があること、目が見えて耳が聴こえていること、ものを考えられること、言葉を理解できること、自分が死ぬことなど、この世界の「あたりまえ」がどうしようもなく不思議で受け入れられない感じ、不思議なんてないかのように平然と社会や生活が進んでいることに対する違和感、そういった自分の中に確かにある「問い」を他人に説明する術を持たず、「哲学って何するの?」と言われても僕には答えがなく、ただただ「変な方向に行こうとしている奴」だと思われて、二十歳前後の人間が「理解されない」ことに対して平気でいられるはずもなく、超然と我が道を突き進むこともできず、悔しいとまではいかないが悶々とすることがあった。

そうしたときに中島義道の本に出会った。『哲学の教科書』をはじめとして、中島の本は哲学の存在意義や方法論を説明し、権威付けてくれるようなところもあった。自分の問題意識全般をいわばメタ的に言語化してくれた。一方で、それと同時に、「この人はどうしてこんなに執念深く『哲学とは何か』について膨大な言葉を綴っているのだろう」「誰に向かって何のために主張しているのだろう」という違和感のようなものも抱いた。

そうして中島の別の本にも手を伸ばしてみると、だんだんと彼の途方もないエゴ、自己愛、自己防衛、ナルシズム、下品さ、そして狡賢さが顕わになってきた。「哲学とは何か」の記述の執拗さは、彼の破壊されたアイデンティティを「哲学」の名においてなんとか回復しようとする、全く下品な動機に支えられていた。読めば読むほどつまらないなと思った。

はっきり言って、哲学的生き方だの、人生は苦しいだの、人生を半分降りるだの、中島が「生き方」について言っていることは、本当にしょうもないことばかりである。おそらく彼自身が成し得なかった生き方や純粋さを、つまり彼の反対物を、本の中で実現しようとしているのだろうが、それにしてもしょうもない。彼はまっとうに社会の中で認められる道を選んだ。口で何を言おうとも、それが全てである。そうして俗世の真っただ中を闊歩しておいて「本当は嫌で仕方がない」などと宣うのも、実に凡庸な手筋で、何一つ心に訴えかけるものがない。この人は多分、「哲学教授」にならなければ、少し不良を気取ることすらできなかったのだろう。

ただ、その一方で、死について書いているところだけは、紛れもない「本当のこと」を書いているように思えた。中島の狡いところは、「この世の不幸」について語っておいて、実際に人生に不幸を感じている人間を惹きつけておいて、アクロバティックに「死の不幸」という紋所を持ち出すところで、本来「この世の不幸」と「死の不幸」は全く無関係で、そんなことをしていると明らかに読者は「本当の問題」を取り逃がすのであって、そこは気に食わないが、それでも「死の不幸」について言っていることそれ自体は、紛れもなく真実であるように思えた。そしてそれは、自分が死について感じてきたところのものと、一字一句、寸分の狂いもなく一致している。

自分にとって中島がヒーローである所以は、そうして死について本気で恐れ、本気で直視しているにもかかわらず、先に述べたように実に人間臭く、気が狂うことなく、爺さんになるまで生き切っているという点である。もうそれだけで、自分にとって中島は生きる希望である。この人の下品さや狡さが、救いになっているのだ。下品さや狡さは、この世にきちんと根を張って生きている証拠である。狡いということは、何かその人の「隠された人格」なるものがあって、その人格はやはり、崩壊することなくこの世にきちんと根を張って生きている。そこには死の恐怖を跳ね返すだけの弾力がある。それが何よりの希望なのだ。ただ生き抜いてくれるだけで、長生きしてくれるだけで、僕にとってはヒーローなのである。




category: 哲学

コメント


i-80

No Name #- | URL
2022/01/24 17:48 | edit



どうせ死ぬのになぜ生きるという本まで出していて長生きするのは並みの長生きとは違った工夫があるのではないかなと思います。そこが知りたいですね。

てぃーちゃん #- | URL
2022/01/11 14:49 | edit



死を恐れながら生きるなんて時間のムダだなあ。
なぜなら、充分年齢を重ねていけば、死は極寒の下で貰える石焼き芋みたいに感じるから。
最初は熱くてなかなか触れないけど、冷めて食せば甘くて美味しいこと間違いなし。
これのために今まで極寒の下を歩いてきたのではないかと、勘違いしてしまうほどの美味しさだ。
どうせそのように感じるのだから、それまでは充分年齢を重ねる前のイレギュラーな死のみ注意していれば良い。見通しの悪い曲がり角を曲がる時のような慎重さがあればいいだけで、それを恐れる必要はまったくない。

hageo #- | URL
2022/01/10 19:57 | edit



中島さんの「人間嫌いのルール」という本には救われました。マイノリティとして生きる上での安心感が得られました。寝太郎さんの本にも救われてます。

H #pbeBUBLg | URL
2022/01/10 09:15 | edit



興味深く拝読しました。中島氏は助手時代に教授にいびられたことを著書で暴露しり、また英語がわからないレベルの学生にドイツ語を教える意味がわからないと愚痴りながらも、転々と大学教員の椅子にしがみついて定年を迎えた人です。結局、中島氏は大学教員という安全圏に身をおいておきながら、「哲学」という武器で世の中を斜めに見るという「狡さ」の極をいった人ではありますが、私も含めて人間って結局は本質はそんなものだな・・・と思ってしまい、それだからこそ、その本質を生々しく表現する中島氏はある意味稀有な存在かなとも思っています(思わされてます)。寝太郎さんが中島氏をヒーローと呼ぶのは私には理解できる話です。

No Name #- | URL
2022/01/07 11:50 | edit



寝太郎さんの「放浪者論」は流石だと思います。
また、僕の目からウロコが出てしまい
両目からウロコが出て行ってしまいました。

僕も東南アジアに18年放浪したのですが、
やはり日本のホームに縛られました。
厄介で、そういうのってなければいいなって思ったのですが、
いざ、放浪の結果、生活困窮者になったら、
家と庭だけでも持っていたというのはありがたい事で
本当に祖母、母、父、弟がなくなってしまいましたが
今になって家族のありがたみが分かリました。

寝太郎さんのようにゼロからの
出発というのは凄いことです。

ロマンスドール #- | URL
2022/01/06 13:23 | edit



僕にとっては、寝太郎さんが哲学そのものです。

それとは別の話だけどなんで寝太郎さんは、
寝太郎さんは、なんで理2から哲学に移動したのかなって、いつも思ってます。

東大の哲学から他の大学の医学部(精神医学)に移籍する、とか、身近では芸大から地方大学の医学部(精神医学)に
移籍する人はいるけど、理科系から文化系へ移籍するって、珍しくはないのですか(人それぞれだけど)

ロマンスドール #- | URL
2022/01/05 13:47 | edit



私も数冊読みました、中島翁。
氏にはTwitter始めて欲しいなと前から思ってます。

No Name #- | URL
2022/01/04 22:27 | edit



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